前は、自分の中の恐怖のタネに、たくさんの糸が結び付いていたから、日々の生活のなんでもないようなことがその糸に引っかかって、ブービートラップのように恐怖心、不安感の鐘を鳴らしていたなあと、昔を振り返ってそう思います。
そのトラップに気づいていないからね、なんで不安感に駆られるのかが分からない。
場合によれば、人目の評価を期待して自らが積極的にトラップを仕掛けて更に雁字搦めになる愚かさ。
そんな風に振り返って思います。
今日の振り返りの意識の焦点は約25年前。
しかも、その恐怖感は殆どがまやかしで、鐘がなったら大変だからと、鳴った後のことなど考えられない。
恐怖という名の電流が流れる檻に囲まれていると思ってた。
でも、今振り返れば鐘が鳴ったからって何なの?
もっと自由にできたじゃん、って悔しいというか、あーあ。ってちょっと残念に思ったりします。
※思い出の風景