結論的には別に「必要ではない」ということでした。
お坊さんに仏教を教えてもらう
「仏教を楽しく知る会」を企画し活動しているのですが。
そこで、戒名について質問をしてみました。
戒名は仏の世界へ入ったという証
仏の世界なんか興味がないし無宗教だし、
入らなくていいんです〜という方は必要ないと思います。
でも。死んだら「仏様」として存在したくないですか?
お墓参りのときに
「死んだお婆ちゃん」とか「死んだおじいちゃん」と呼ばれ
何世代か後になったら、もう誰かよくわからんと言われるのは目に浮かびますよね。
でも、戒名がつくことで、
ずっと「仏様として存在している」という教えを
次の世代に残すんです。
ナゼなら、
あなたがいないと次の世代は生まれてこないワケで。
あなたが、この世界に生きたという事実は、
未来を作るのに欠かせない存在なんですね。
あなたが欠けると、次の世代は存在しないわけです。
ここが大事で。
「死んだ人間はどうでもいいや」って思想だと。
人間はここまで、生きて来れなかったと思います。
過去に生きてた人なんかどーでもいい。
俺は俺じゃい。死んでも俺じゃい。
という人は戒名なんていらないと思うんです。
しかし、
死んだら自分の存在していたことを証明するのは難しくなります
誰かの心に残っているうちは良いですが。
誰の心にも無くなった時に
「私は仏様として この世が素晴らしいものになるように、ずっと祈っています」
という証明みたいな教えを与えるモノが戒名だと、私は思いました。
こういう思考に共感できたら
生きている間に、
自分が仏様になるなら「この文字」を入れたいな♪とかいう理想も叶うワケです。
入れてはいけない文字の決まりもあるそうなので、
信頼できるお坊さんに生きている間から名前を貰えばいいんです👍
そもそも、死んでから仏門に入るワケじゃないので。
名前を先に頂戴するのは、生前から仏門に興味のあった人だけの特権でもあります。
まぁ。言い方は悪いかもですが、生きている間の自分の欲を後世に残せるのは戒名かもしれません。
そうじゃないと、死んでから、娘さんや息子さんが、
「戒名とかよくわからんから、なんか良さそうな名前をつけてください」とお坊さんに頼んで
お金を払って「カッコ良く見える称号」を買う形になります。
いや。買ってもくれへんかもしれません
残された人がソレで満足ならいいと考えるか。
どうせなら、自分に相応しい名前で仏様として存在をこの世界に示し続けるのか。
答えや正解はないですが。
日本で死んで仏教の正しい教えを知っていたとすると。
戒名(法名)はあった方がいいと私は思いました。
毎週一回ほど。
どこかで、お坊さんとぶっちゃけclubhouseやろうと思います☺️
仏教に関しての疑問。質問。受け付けてます。
あっ。ちなみに私はただの寺好きです💕
寺が好きすぎて京都に移住しました☺️
いま。お寺さんが危機的状況です。
仏教を正しく知るということができてない現状に違和感を感じ
お坊さんを巻き込んで、
仏教を身近に感じて知ってもらおうと企画してます。
ミカマイの仕事は「紡ぎ人」としてのプロデュース&ライターです。
最後まで読んでくれてありがとう💕
ご縁に感謝😌


