エクスマ塾を振り返って思ったこと | ミギーの「あるがまま、今を生きよう。」

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ミギーこと右高英一のブログです


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エクスマ塾の卒業証書
藤村先生に描いてもらったドライヤー



先月から続いたエクスマ塾、終わってしまいました。ってもう1週間経ってる^_^;

ちょっと切ない感じ。それくらい中身の濃い1ヶ月でした。

小さな美容室の販促アドバイザー、
ミギーこと右高です。



ここで振り返ってみたいと思います。

最終講は1泊2日の合宿。

塾のメインイベントと言ってもいいくらい楽しみにしていた合宿です。

4人チームになって、夜中まで深く向き合います。

その中でも自分の天命を考えるというワークがありました。

天命なんて言葉自体馴染みのない言葉ですよね。

例えば、経済の語源は経世済民。「世を経(おさ)目、民を済(すく)う」だそうです。

自分がビジネスを通して、世の中を良くして人々をしあわせにしていくことって何だろう?

そういうことを考えるんです。


お金をいただかなくてもやりたいようなこと。


自分の心がそれをすると素直に嬉しいこと。ワクワクすること。


それが天命なんだろうなって思って考えました。



例えばボクの場合。

ボクは人の役に立った時がとっても嬉しい。助かった~って言ってもらえるのがボクにとっての褒め言葉です。

なので、そのルーツを探りました。



そこで出てきたのが、両親の耳が不自由なこと。

小さい頃からボクは両親の耳や口の代わりをしていました。

その中で自分の心に残るちょっとしたことがあったんですね。

ボクが小学3年か4年生だった時のある日、母とテレビドラマを見ていたんです。

そのドラマの細かいことは全く覚えてないんですが、ちょっと小学生には恥ずかしい恋愛が描かれてました。

ボクは、母の手前ちょっと一緒に観ているのが恥ずかしかったのを覚えています。

そんな時に母が今なんて言ってたの?って僕に聞いてきたんですね。

30年以上も前には、字幕やテロップもなかったのでわからないところはボクが通訳してたんです。

でも、その時ボクは通訳するのが恥ずかしくて知らんぷりをした。

そうしたら、母がどうして教えてくれないのっていきなり泣いてしまったんです。

これが、子供心に突き刺しました。
その時の無力感、罪悪感。

ボクも何も言えず泣いていたと思います。

この時、ボクの天命に響いた。



子供が生まれてくる時って自分が助けたいお母さんを選んでくると聞いたことがあります。

実際、自分の双子の息子たちに聞いた時も「お母さんを選んできたよ」って言ったことがあったので、信じられるんですね。

だから、ボクが自分の母親の役に立てなかった時に心に響いたんだと思うんです。

そんな話をしていた時、サポート講師をしてくださったマックスこと壁下さんが今からでもお母さんに謝ってあげてね~って言ってくれました。彼ってめっちゃあったかくて優しいんです。(ソーシャルの暴君にそんなことを言うと営業妨害かもしれませんが…)


面と向かって言うのはやっぱり恥ずかしいので、この場を借りて謝りたいと思います。(公の場で謝るのは、恥ずかしくないんかいって言うツッコミはご遠慮くださいね笑)




母さん、ゴメンね。
ボクはあの時大人の会話を通訳するのが恥ずかしかったんだ。通訳が嫌だったんじゃないんだよ。

いつも、床屋さんの仕事忙しいのに美味しいご飯作ってくれてありがとう。




こんな私的なことにお付き合いくださって、ありがとうございます。

このエクスマ塾では、この天命を考えるってことが一番大切なことだったなって思います。

だって、これからビジネスをする上での基準となるものだし、これがあればいつでも基本に立ち返ることが出来るんですから。

これから、この天命を胸に抱いていたいと思っています。



それと大事なことを忘れていました。



最後にもう一つ伝えたいことがあります。



























ボクはドライヤーがいりません!!!

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