三浦、王妃暗殺を決心する | 気になるニュースチェックします。

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今日は雨ですね。

花粉もPM2・5もほっとしますね。


ところで日本の安部首相の存在が、外国で危険視されています。

それは、安部の靖国参拝が歴史認識において懸念を強めている

ことにあります。


英国、フランス、米国などは、安部の集団的自衛権の行使容認を

めぐって、憲法解釈を変更しようとする議論で、中国の脅威論を

利用して、世間を誘導しているとして、安部首相は日本にとって

危険な存在だとしています。


安部は過去の歴史において、謝罪をやめるよう、歴史の

一部を書き換え、日本は謝罪するようなことはしていないと

いうような、態度をとり続けていることにも原因があります。


日本の首相として、日本人として過去の歴史を振り返るのは

あまりにも忍びない、あまりにも醜い、そういう歴史を認めるのは

絶対いやだという気持ちは、同じ日本人としてわからなくはないけれど

過去の歴史において、日本がしてきたことを素直に認め

謝罪しない限り、このような問題は永遠に続きます。


なぜなら、これが反対の立場であったなら、それがうそであっても

真実ではなくこても、日本は黙ってうけいれますか??

絶対反論すると思います。


日清戦争の勃発も、日本のいやらしさ、欲深さを象徴しています。

起こさなくてもいい戦争を、日本が無理やり起こした戦争です。

だからこそ勝海舟は、日清戦争を不義の戦争とよびました。



閔妃暗殺事件


講和条約の調印の翌日、4月18日、伊藤博文と陸奥宗光は

広島に行き行在所の天皇にその報告をした。

長年病魔に侵されていた陸奥の体は、疲労の域に達していた。


4月23日、陸奥は重大な知らせを受ける。

電報には、

「東京に駐在する露、独、仏の三公使が、それぞれ本国からの訓令として

 遼東半島を日本が所有することは、地続きである朝鮮の独立を危うくし

 清国の安全を脅かすことにもなるので、東洋の平和のため、日本は

 これを放棄するよう勧告する」

と告げた。


しかし、三国を相手に戦う力はない。

陸奥は、三国政府に次の覚え書を提出した。

「日本帝国政府は、貴国政府の友誼ある忠告に基づき、遼東半島を

 永久に所領することを放棄することを約す」

三国干渉は終わったが、先勝に酔っていた国民は

政府の外交を非難して

「戦争には勝ったが、外交には負けた」

という声が各地に広がった。


この時のロシアへの無念の思いが、10年後やがて

日露戦争へと向かわせる。

日本が三国干渉に屈服した。

その報が朝鮮に伝わると、日本の威信は、坂を転がるように落ちて行った。


この日本威信の失態を誰よりも喜んだのが、閔妃であった。

「日本は清国との戦いに勝って、何事も己が意のままになると

 驕ったのもつかの間、その傲慢の鼻を見事にへし折られて、、、、、

 それにしてもロシアはなんという強さでございましょう。

 一兵も動かさずに、日本を押さえつけてしまったとは。

 明日は、ロシア公使夫妻を招いて、楽しい宴会をいたしましょう」

このころから、閔妃とウェーベル夫妻とは親密度が増してゆく。


ロシアと列強諸国は、利権問題で日本に圧力をかけてきた。

ロシア、アメリカ、イギリス、フランスの在韓公使は外部大臣の

金充植とあい、各国共同の抗議文を提出した。


朝鮮政府は、鉄道、電信、鉱山などの重要権益をある一国だけに

与えていると聞くが、、、、、

という一文で始まる抗議文だが、ある一国とは日本のことである。


これは、明らかに不公平であり、このやり方は朝鮮にとっても不利である。

なぜ入札などによって、これらの事業を担当する国をきめないのか。

さらに仁川の租界は、各国が平等の権利を持つと規定されているにも関わらず

最良地域を特定の一国人だけに、使用させているのか。

これら不公平な措置をわが政府は、座視できない。

朝鮮政府の善処を望む。


そして、朝鮮政府の善処はまもなく具体的に表れる。

そして数々の権益が日本以外の諸国に、次々と許可されてゆく。

三国干渉以来、ロシアをはじめ列強諸国にじりじりと追い詰められ

当然だと信じた日本の権益も思うにまかせず、内政改革も実を上げられず

なにもかもが、三国干渉のせいではあるが、もはや朝鮮の現状は変えられない。


公使、井上馨は辞任すべく日本に出発する。

そして、これを機に閔妃は大院君によって、流刑にされたり

地方に隠れ住んでいた閔氏一族を呼び寄せた。


当時王宮の警護に当たっていたのは、アメリカ軍人が訓練した侍衛隊で

日本軍人が訓練したのが訓練隊で、内閣はこれを交代させる案をとり上げていた。

それに対して王は

「それは朕の望むところではない。

 今までどおり侍衛隊に警護させよ。

 昨年6月以来、勅令や裁可事項は、一つとして朕の意志に基づくものはない。

 今回の衛兵交替はもとより、すべてを取り消すつもりである。」


この王の言葉は、閔妃とロシア公使の筋書きであるという。

王の決断の後ろには、いつも閔妃がいる。

これは日本側に大衝撃を与えた。


日本、ロシア各国の思惑が絡み政争、派閥争いの絶え間ない

このころの朝鮮では、多くの人々がなにがしかの陰謀にかかわっていた。

事件は次々に起こった。


この年の7月9日、王は

「これまでの勅任、勅令のすべては日本の弾圧によるものであった。

 今後は朕が親政を行う」

と表明した。


ロシアは、内政改革は朝鮮の独立という約束に反すると、日本に

強い圧力をかけてきた。

アメリカ行使も日本を非難する態度を明らかにした。

王の強気は、それらの日本非難によるものであった。


井上の後任となった三浦梧楼がソウルについたのは、9月1日であった。

彼は、長州閥の一人として、早くから政治に関係し、政界の黒幕的存在だった。

彼は、

「渡韓する以上、臨機応変に自分で自由にやるほかないと決心」

して赴任したとのちに書いている。

日本が朝鮮にかける期待を三浦はよく知っていた。


それにこたえる道は、王妃暗殺しかないと彼は決心したのだ。