主文
本件公訴事実中,道路交通法違反の点について,控訴を棄却する。
4 速度について
(1)検察官は,本件の速度超過があったとされる位置から110余から180余メートル離れた位置に設置されたコンビニエンスストアの防犯カメラ(距離は甲9・見取図第1図から推定)が撮影した映像に写る本件当時の走行中の被告人車両(レクサスLS460)の前照灯からの光(以下前照灯が照らす光を「ライト」という。)の位置と,被告人車両と同型種の車両(以下「再現用車両」という。)を用いて行った再現時に,同一の防犯カメラが撮影した映像に写る再現用車両のライトの位置を画像上で重ね合わせることで,道路上の2つの地点(始点を①地点,終点を②地点とする。)における本件当時の被告人車両の位置を推定した上で,2地点間の距離が少なくとも72.3メートルあるものとし,上記防犯カメラの撮影した動画のフレーム数が1秒あたり10フレームであるところ,被告人車両の2地点間を移動するのに要したフレーム数が28フレームであったことから,移動時間がちょうど2.7秒であるものと計算して,本件当時の被告人車両の速度は96キロメートル毎時であったと主張している。そして,検察官は,前訴で証拠として提出された捜査報告書(本訴の弁1)において,被告人車両の速度が約76キロメートル毎時と算定されていることについて,同算定結果は被害者の飛翔距離を元に論文発表されている公式を用いたものであるがこれは平均値の算出式であって誤差があるもので,距離を時間で割って算出した本件の速度の方が正確であると主張し,また,弁護人が提出した鑑定書(弁2)及び●●証人の証言については,信用性が低いと主張している。
(2)しかし,上記2地点は防犯カメラからの距離が遠い上に,斜め下向きに設置された防犯カメラの画面の左上部分に小さく写っているものであって,しかも車の進行方向はカメラの向きから10.7度から17.9度程度と角度が狭いから(甲9・見取図第1図),その動画から正確な距離を認定するのはそもそも相当に困難であると言わざるを得ず,画像上の目視により防犯カメラから近い場所にある駐車場内の白線などの位置が合致したからといって,110ないし180メートル余り離れた本件の被告人車両の走行場所においても,誤差なく表現出来ているものと認めるのは躊躇される。また,再現は,一見して,再現用車両を道路の中央線に平行に配置して行われたことがうかがわれるが(甲8,9),本件の道路の形状に加え,前訴の過失運転致死の衝突場所が道路の中央付近であって,衝突地点において被告人車両が対向車線にはみ出していたこと及び衝突地点が①地点と②地点の間にあることが証拠上明らかであるところ(甲1,8,9),被告人が被害者に衝突するまで104.4メートルにわたり前方を注視していなかったこと(甲4)からすれば,①地点及び②地点の双方において被告人が中央線に平行に運転していたとは考え難いのであって,本件当時の被告人車両の進行方向とカメラとの角度が再現時とは異なる可能性があり,そのためにライトの見え方も異なる可能性がある。加えて,本件当時とは温度や湿度が異なる再現時における光の回折や散乱の影響,再現用車両の前照灯がプロジェクター式LEDランプ3灯であるのに対し,被告人車両の前照灯はプロジェクター式HIDランプ1灯であって光源が異なること(甲30,弁2)などに起因して,本検討時に撮影されたライトと車本体との位置関係と,再現時に撮影されたライトと車本体との位置関係に何らかの差異が生じている可能性があることも否定できない
(3)そして,始点である①地点では,防犯カメラからの方向と車の進行方向の角度が10.7度程度と狭いことから,車両の道路内の左右の位置が異なると車両の進行方向前後の位置が大きく異なることになり,進行方向に向かって車両位置が左右に50センチメートル異なるだけで,前後に2.65メートルの差が出る(甲9・見取図第2図)。検察官は,①地点において被告人車両が対向車線にはみ出ていないことを前提として距離を推定し,その距離から算出された結果を用いて,被告人の速度が96キロメートル毎時であったと主張しているが,仮に被告人車両が右側の対向車線にはみ出ていたとすつならば,2地点間の距離は数メートル減少することになり,被告人車両の速度はより低速度であったということになる。これについて,被告人車両の速度の算出を担当した司法警察員⚪︎⚪︎は,証人尋問において,再現用車両が①地点で対向車線に這い出していると防犯カメラに右のライトが映らなかったが,本件当時,①地点では被告人車両の左右両方のライトが防犯カメラに写っていたから,被告人車両が対向車線にはみ出ていた可能性は無い旨述べたものの,上記のような再現をしたこと及びその結果を証明する写真等の客観的証拠は残されていない。また,証人●●によれば再現用車両の右の前照灯の光を妨げたものは植え込みや駐車車両であるというのであるから(証人●●・30頁),再現がされた平成29年8月4日(甲8)と本件当時の平成27年3月23日とでは状況が異なる可能性が十分あり,そのためにライトの見え方が異なる可能性がある。そして,前記のとおり,被告人は,①地点と②地点の間にある衝突地点において対向車線にはみ出して進行していたのであるから,地点においても対向車線にはみ出して進行していた可能性がある。したがって,被告人車両が①地点において対向車線にはみ出ていなかったことについては裏付けがないと言うほかなく,①地点と②地点の距離が少なくとも72.3メートルであると認めるには合理的な疑いが残る。
(4)また,検察官の主張は,被告人車両が①地点から②地点までに異動した時間が正確に2.7秒であることを前提とするところ,捜査報告書(甲31,32「なお,甲31は捜査報告書抄本」)によれば,当該防犯カメラの時計での60秒間に,600フレームの画像が撮影されていること及び本件の速度の推定に用いられたフレームが連続した28フレームであることが認められるものの,なおフレーム間の間隔が正確に0.1秒であることについては立証がなく,また,当該防犯カメラの製造元も,シャッタースピードは正確0.1秒間隔ではなくばらつきが発生する場合がある旨述べていたこと(弁2・18頁)に照らしても,誤差が生じている可能性があることは否定できない。