ボイジャータロット:Death 死
ご当地キューピー: 天使キューピー

人間は何度だって
やり直せる

(久しぶりの更新です。気がついたら1月が終わってました…すみません)

昨日は節分。
しかも一粒万倍日。
(開店、開業、宝くじなど、新しいことをするのによい日)

はっきりと、
去年の自分と今の、
そしてこれからの自分との違いを、
自覚した人も多かったのではないだろうか?

実は今日も一粒万倍日だが、
不成就日と重なり、
普段より効力が半減するらしい。

それはさておき。

より良く変化するために、
大切なことはなにか。

それは、
「今までの自分」に
「死んで」もらうこと。

今の自分を変えないまま、
状況だけ変わるという考え方は、
狂気の沙汰だろうと思う。

Deathの意味するところで、
見過ごされがちなのは、
「再生」すること。

不要なものを断ち、
必要なら全てを焼き払い、
そしてまた新たに再生する。

おそらく、2019年までの世界は、
一旦、終わったのだ。
これからは、再生に向かう。

世界が何度でも変わるように、
人も、誰でも、何度でも変われる。













ボイジャータロット:Confusion 混乱
ご当地キューピー:横浜中華街キューピー、豚まんキューピー


混乱の時ほど、
人間性が問われる。


批判を恐れず書こうと思う。

日本はいつから、
目先のことしか、
もっと言えば、目先のお金しか、
考えられなくなったのだろうか?

歴史を紐解くと、
もともとそうだったような気もする。

欧米に比べて、
先を見据えて長期に計画、戦略を立てるのが、
苦手な民族なのだ、というのは、
比較文化論でも言われてきたことだ。

だけど。

地震など、
自国の災害の備えはできても、
外からの外圧、厄災には鈍感だ。
島国ならではの弱点なのだろうか?


「水際で防ぐ」って何を?
ほんの少しの消毒や、
気休めのマスクなんかでなんとかならないのは、
普通の感覚だったらわかるのでは?


命の危険がある助けなければいけない人は、
当然救うべきだ。


でも。

これ以上、
「助けるべき人」を増やそうとするのは、
自殺行為だよね?


マスコミのニュースを観ていると、
キャンセルになった旅行会社が大変、
という論調なのが、聞いて呆れる。

命がかかってるのに、
なんと悠長な。

日本だって、どうなるかわからない。

その時に払う代償と、
今、目先のお金を諦めるのと、
どっちが大切か、
ちょっと考えればわかるでしょ?

こういう混乱のときに、
目先の利益ではなく、
きちんと理屈で考えることができる人。

長期的な目で、
将来を考えることができる人。
(環境についてもそうだけど)

そんな人が増えることを願ってやまない。

(なんだか久しぶりに頭にきたので、
怒ってみました。
気分を害した方がもしいたら、すみません。
でも本当はこういう時に、国内の観光地をすぐに旅行できるような、お金と時間の余裕が自分にあったらいいのになぁ、と思います)





ボイジャータロット:Achiever 達成者
ご当地キューピー:坂本龍馬キューピー(京都・長崎)

「人は高く登れば登るほど、
一層の困難に直面しなくてはなりません」

クリスティアーネ・ニュスライン=フォルハルト
(「奮い立たせてくれる科学者の言葉90」夏川賀央)


先日、Achievus(アチーバス)、
というボードゲームイベントに参加した。

アチーブ+アス。
つまり、達成する私たち、という造語である。

このゲームは、
お互いに協力してカードをやりとりし、
17種類のカードを集めるというもの。

思いやりを養い、
次世代のリーダーを養成する目的もある。


わけもわからずゲームを始めたが、
ゲームを通してたくさんの気づきを得られた。

自分の未熟さ。
でも、いいところも見つけられる。
一緒に遊ぶ相手の優しさ。

そんなことを、客観的に見られるのも、
このゲームの特徴だ。



さて、改めてボイジャーのカードを見る。


一人の人が、トラックを突っ走っているが、その後ろにはたくさんの人の顔。


応援してくれたり、ついてきてくれる人たちの顔だ。


つまり、「達成」は、
ひとりで成し遂げているように見えて、
たくさんの人の想いや行動が、
蜘蛛の糸のようにネットをつくり、
それが、世の中を動かしているのだ。

インターネットのない時代、
龍馬のネットワークも、
きっとすごかったんだと思う。

何かを成そうと思ったら。
高みを目指そうと思ったら。

より一層の困難は、
たしかにあるのかもしれない。

しかし、乗り越えられない試練はないし、
その試練がやってくるころには、
乗り越えられるくらいに成長している、
ということなのだ。

だから、
なにも怖れることはない。

ただ、前を見て走る。
それだけだ。



ボイジャータロット:Learner 学ぶ子ども
ご当地キューピー:沖縄ゴーヤキューピー


ほんとはみんな学びたい。


中学を卒業し
ちょっと背伸びして
県内有数の進学校に入学した。

途端、勉強がつまらなくなった。


大学へ行くための勉強、
みたいな感じ。

頭のいいコは、
そこで勉強する意味を見いだせるし、
テクニックと割り切って
身につけることができるのだろう。

私は周りの環境に
とても左右される子どもで
(つい最近までそうだったけど)

先生や環境が悪いと
やる気が出ないし
伸びない。

「それでもやりたかったらやるでしょ?」


まあ、そうだけど。


でも、学ぶために、
どう環境を作ればいいかなんて、
十代そこそこの子どもに
わかるわけなかったな、と思う。


その苦い経験が今、活きているのなら。


これからは自分で学ぶ時代。

でも、学んで得たものが多いほど、
人生は楽しく
豊かに膨らむ。






ボイジャータロット:Rejoicer 喜ぶ女性
ご当地キューピー: シーサーキューピー

あなたはどんな時に
喜びを感じますか?


宿泊先のヴィラで、
沖縄の神様、御嶽(うたき)について教えてもらった。

せっかくなので、
お祈りをさせてもらうことにした。


しかし、閉ざされた御嶽を前にして立ち往生。
なにしろ、作法がわからない。


内地の人間が気楽にお参りさせてもらっていいのだろうか?


でも、少しの滞在だけど、
聞いた以上は敬意を表したい。


わからないままに、
すぐそばにある公民館の前を
掃除していた男性に声をかけた。

「御嶽をお参りしたいんですが」
「どこから来たの?」
「…東京です」
「お参りしたいの?」

どこか怪訝な顔で尋ねてくる男性に、
私たちは深く頷く。

男性は口の端で少し笑うと、
「鍵、貸して」
と、窓口にいる女性から鍵を受け取って、御嶽の扉を開けてくれた。



アルミのドアで
閉められていた御嶽の中は、
少しこもったカビの匂いがし、
簡素な石のようなものが祀られている。
お賽銭はない。

私たちは跪いて祈った。

なんともいえない敬虔な気持ちが、
波のように襲うてきた。

ただ、沖縄の人、本土の人が仲良く暮らせたら。
ただ、世界が平和であったなら。

そのために、
私が文章を書くことで、
できることがあるのなら。

そんなことを祈る。

深い癒しが、
とめどなく心を伝い、
自然と頬から涙がこぼれ落ちた。


これを喜びと言わずして、
なんと言おう?


深い自然を味わい、
ただ平和を祈ること。


喜びとは、
常に自分の中にあり、
それは神、宇宙とともにあるのだと。