最近、帰宅してもきちんとおゆはん食べないで、びあ飲むとおなかいっぱいになっておふろ入って寝るというそれはそれで極めて規則正しい生活が続いたせいか、仕事が終わった頃にはふらふらになってしまいます。朝は朝で食べないし。
夜、帰宅してからのぽんきちは飼い主の通勤バッグに寄り添うことが多く見られるようになりました。
かと思えば爪とぎ替わりに晒されたりもして、バッグ自身としては「こんなはずではないのに・・・」と、切実な思いで持ち主に訴えかけたくても当の持ち主は傍らで寝転がってびあ飲みながら読書に耽っているため、しばらくはこうした光景が続くのです。すまんね、バッグくん。耐えてくれたまえ…
○
「書を捨て、街に出よう」とは寺山修司の言葉ですが、「晴耕雨読」どころか「晴読雨読」を全力で体現しているような毎日ですから、街に出たところで何もなかろうと書を選んでいるのです。それに、ぽんきちを置き去りにして飼い主だけが外で食事したりお酒飲むことを忍びなく憚られる上、それを潔しとしないことこの上ないのだからこればかりは仕方がない。
ところがどういうわけか、今日は例外でした。
いつものように帰宅途中、あまりにもおなかが空きすぎて直感的に思い浮かんだのが、皮のパリッとした完璧な春巻きの食感。非完璧な春巻きは皮がへなっとしているやつ。お惣菜として買ったり冷凍のものは非完璧の代名詞ですね。といったって自分で作るのには食べられる個数でせいぜい二個が限度ではないだろうか。それ以上作ると明日以降、非完璧を惰性で食べるしかなくなるのなら、思い切って中華飯店でアツアツをぱりぱり言わせたいではないかね。
というもっともらしい背景が構築できたので、ぽんきちを置き去りにして飼い主だけが外で食事したりお酒飲むことを忍びなく憚られながら後ろ髪惹かれる思いで街へ出ました。といっても自宅の隣駅近辺なのだが。とあるホテルの中にある麗宮飯店という名の中華飯店。店の佇まいが厳かでいかにもホテルの名店ぽいところが、思わず今お財布に幾ら入ってたっけ?と確認を怠らせまいとさせてしまうのは外食を主としていない性格だからでしょうか。
いつの間にかちゃっかりと便乗して「小龍包」も注文しています。完璧な小龍包とは中から汁がじゅわーっと出てきて口の中が火傷することがわかっていながらはふはふと口にほおばるものです。とはいえ火傷はしたくないと思い、少し冷ましていたらやや完璧ではなくなってしまいました。でも、春巻きは完璧でした。
これこれ。このパリッとした食感だね。これでビア
2杯は行けるよ。
と、実際2杯きっちりいただきました。
さて、中華料理として一番大好きな、これさえあればごはん3杯は食べられる、けどびあ
飲んでいるからそんなにごはんは食べられないけれどねという一皿は何だろう?
と、それぞれでおいしそうな写真を掲げたメニューを穴が開いてしまうほどしげしげと眺めながらようやく結論に達したので、お約束どおりごはん付きで追加注文をお願いしました。
八宝菜。
どうしてこんなに魅力を感じてしまうのか、その理由とメカニズムは暇な時にでもよくよく考えてみることにして、八宝菜の具を一つひとつごはんとともに口にほおばむと、期待通りの夢の中華の味が広がります。中華といえばそうだそうだ、あの味だ。という魅惑の味を勝手に「夢の中華」などと呼称してしまっているのは、八宝菜を最愛の中華と結論付けた上で具材とタレが渾然一体となって織り成す、家では絶対真似しようとしたところで到底できっこないという中華らしいあの味が、濃厚で深みのあるあの油の香りが、ひとつの思想として根付いてしまったからなのです。
それはともかく、八宝菜の具を一つひとつごはんとともに口にほおばむ、と書きましたが、そうやって具の数は何宝菜?とちまちま数えていくのもまた楽しみであったりします。
この日も例外ではなく、「うずらー」から始まって、一口ずつごはんと一緒に食べながら数え始めたところ、壮大な結果となってしまったことに大変驚愕しました。
うずらー、きぬさやー、牛肉ー、えびー、にんじんー、ねぎー、豚肉ー、しいたけー、はむー、ほたての貝柱ー、いかー、ひめたけのこー、マッシュルームー、ぎんなんー、しめじみたいな見たことないきのこー、・・・
「十五宝菜ー!? 『じゅうごぽうさい』って結構言いづらいぞ・・・」
すごい・・・おおよそ理論値の2倍近くもあるではないですか・・・
と、一通り数を数えたあとは、ひとつずつではなく、今度は具材を2種類ずつまとめてごはんと一緒に食べるという何とも贅沢な食べ方に発展していくのです。
そうして至福のおゆはんを過ごし、こんなにしっかりと食べたのは久しぶりな気がしながら、このお店には何度となく気軽に寄り道して帰ることになるんだろうなぁなどと決定し、おうちに帰ったのでした。
「ただいまー。ぽんきちー。おなかすいたねー。おゆはんにしようねー。」
と、ぽんきちのおゆはんをさっさかさーと用意した後、いつもの夜とは違い少量の缶ビアしか飲んでいない飼い主の様子から、ぽんきちは微妙な異変を感じ取ったらしいのは事実のようです。
うぅんー。外食なんかしてきてないょー?
夜、帰宅してからのぽんきちは飼い主の通勤バッグに寄り添うことが多く見られるようになりました。
かと思えば爪とぎ替わりに晒されたりもして、バッグ自身としては「こんなはずではないのに・・・」と、切実な思いで持ち主に訴えかけたくても当の持ち主は傍らで寝転がってびあ飲みながら読書に耽っているため、しばらくはこうした光景が続くのです。すまんね、バッグくん。耐えてくれたまえ…
○
「書を捨て、街に出よう」とは寺山修司の言葉ですが、「晴耕雨読」どころか「晴読雨読」を全力で体現しているような毎日ですから、街に出たところで何もなかろうと書を選んでいるのです。それに、ぽんきちを置き去りにして飼い主だけが外で食事したりお酒飲むことを忍びなく憚られる上、それを潔しとしないことこの上ないのだからこればかりは仕方がない。
ところがどういうわけか、今日は例外でした。
いつものように帰宅途中、あまりにもおなかが空きすぎて直感的に思い浮かんだのが、皮のパリッとした完璧な春巻きの食感。非完璧な春巻きは皮がへなっとしているやつ。お惣菜として買ったり冷凍のものは非完璧の代名詞ですね。といったって自分で作るのには食べられる個数でせいぜい二個が限度ではないだろうか。それ以上作ると明日以降、非完璧を惰性で食べるしかなくなるのなら、思い切って中華飯店でアツアツをぱりぱり言わせたいではないかね。
というもっともらしい背景が構築できたので、ぽんきちを置き去りにして飼い主だけが外で食事したりお酒飲むことを忍びなく憚られながら後ろ髪惹かれる思いで街へ出ました。といっても自宅の隣駅近辺なのだが。とあるホテルの中にある麗宮飯店という名の中華飯店。店の佇まいが厳かでいかにもホテルの名店ぽいところが、思わず今お財布に幾ら入ってたっけ?と確認を怠らせまいとさせてしまうのは外食を主としていない性格だからでしょうか。
いつの間にかちゃっかりと便乗して「小龍包」も注文しています。完璧な小龍包とは中から汁がじゅわーっと出てきて口の中が火傷することがわかっていながらはふはふと口にほおばるものです。とはいえ火傷はしたくないと思い、少し冷ましていたらやや完璧ではなくなってしまいました。でも、春巻きは完璧でした。
これこれ。このパリッとした食感だね。これでビア
2杯は行けるよ。と、実際2杯きっちりいただきました。
さて、中華料理として一番大好きな、これさえあればごはん3杯は食べられる、けどびあ
飲んでいるからそんなにごはんは食べられないけれどねという一皿は何だろう?と、それぞれでおいしそうな写真を掲げたメニューを穴が開いてしまうほどしげしげと眺めながらようやく結論に達したので、お約束どおりごはん付きで追加注文をお願いしました。
八宝菜。
どうしてこんなに魅力を感じてしまうのか、その理由とメカニズムは暇な時にでもよくよく考えてみることにして、八宝菜の具を一つひとつごはんとともに口にほおばむと、期待通りの夢の中華の味が広がります。中華といえばそうだそうだ、あの味だ。という魅惑の味を勝手に「夢の中華」などと呼称してしまっているのは、八宝菜を最愛の中華と結論付けた上で具材とタレが渾然一体となって織り成す、家では絶対真似しようとしたところで到底できっこないという中華らしいあの味が、濃厚で深みのあるあの油の香りが、ひとつの思想として根付いてしまったからなのです。
それはともかく、八宝菜の具を一つひとつごはんとともに口にほおばむ、と書きましたが、そうやって具の数は何宝菜?とちまちま数えていくのもまた楽しみであったりします。
この日も例外ではなく、「うずらー」から始まって、一口ずつごはんと一緒に食べながら数え始めたところ、壮大な結果となってしまったことに大変驚愕しました。
うずらー、きぬさやー、牛肉ー、えびー、にんじんー、ねぎー、豚肉ー、しいたけー、はむー、ほたての貝柱ー、いかー、ひめたけのこー、マッシュルームー、ぎんなんー、しめじみたいな見たことないきのこー、・・・
「十五宝菜ー!? 『じゅうごぽうさい』って結構言いづらいぞ・・・」
すごい・・・おおよそ理論値の2倍近くもあるではないですか・・・
と、一通り数を数えたあとは、ひとつずつではなく、今度は具材を2種類ずつまとめてごはんと一緒に食べるという何とも贅沢な食べ方に発展していくのです。
そうして至福のおゆはんを過ごし、こんなにしっかりと食べたのは久しぶりな気がしながら、このお店には何度となく気軽に寄り道して帰ることになるんだろうなぁなどと決定し、おうちに帰ったのでした。
「ただいまー。ぽんきちー。おなかすいたねー。おゆはんにしようねー。」
と、ぽんきちのおゆはんをさっさかさーと用意した後、いつもの夜とは違い少量の缶ビアしか飲んでいない飼い主の様子から、ぽんきちは微妙な異変を感じ取ったらしいのは事実のようです。
うぅんー。外食なんかしてきてないょー?