ずっと、同じところをぐるぐる回っている気がする。
私は男性依存なのかもしれない。今気がついた。

こんなにもか弱いこと、そして、自分の女性性が、男性性に、こんなにも不満であることを、これまで一切、自覚できていなかった。

 

わたし(体)は弱くて、ふらふらだ。

週3日、4時間働くのが精一杯。

死にかけている。

 

それなのに、わたし(頭)は自分のこと、元気でエネルギーがあると思っている。

“体であるわたし”のことが、まったく視野に入っていない。

無視しているというか、か弱い自分自身のこと、まったく認めていない。

 

わたしのおもってる「自分」とは何なのだろう。

それは、頭での認識、のみだ。

「であるべき」「するべき」のみの思考。

「○○したらあかん」「そんなんむりやろ」の禁止。

くるしい。

そりゃ、苦しいよね。辛いよね。

自分(頭)で自分(体)を押し殺しているのだ。

 

“自分”から、体の感覚は除外されている。

常に、苦しい。しんどい。

 

 

 

バイト先で好きな男の人(Iさん)がいた。

「ちょっといいな」ぐらいだったのに、茶化してtwitterに書いていたら

次第にめちゃくちゃ意識しだして喋れなくなってしまった。

なんだか、彼を見ているわたしの目は、外から見たら、

とても重苦しくて、切なげなものになっていたと思う。

「たすけて」

私は、ずっと、彼にこう言いたかった。

 

わたしはきっと、自分の男性性が苦手なのだ。

「ああしろ」「こうしろ」と命令するだけして、自分はふんぞり返って何もしない。

プライドだけ高い、頭でっかちな女叩きクソニート野郎。(母親を恨んでいるw)

それが、わたしの男性性なのだ。

 

女性性のために、好きなことをさせてあげることも、

女性の話を黙って聞き、寄り添うことも、

女性を肯定することも、

何もしてこなかった。

 

 

Iさんは、わたしを助けてくれた。(仕事で)

自分(男性性)から逃げたい女性性からしてみたら、もうそれだけで十分だったんだな、と思う。

 

いや、逃げたいとか、意味わかんねえ。

マァ単純に好きだったんですけど。

前から、ずっと、わたしの好きになる人はパターンがきまっていて、

「肉体派のひと」だ。

もっというと、“肉体派なのに、閉じてる人”だ。

「私だけに心を開いてくれッッ…」っていう、願望があるんだろうな。

 

でもさ、本当は、わたし自身が、強い肉体がほしいだけなのかもね。

その人が好きってことではなくて。。