伊古田の提案

 

「死んだ胎児もう出てこない。方法はいくつかある。一つは今腟から出ている腕や足を全て切断し、回転可能な形にして、外回転を試みる。

 

しかし、この方法は切断部位の凹凸や飛び出した骨の断端が子宮内部を傷つける可能性があり、かなり危険を伴う方法だ。本当に愛護的に母体を助けるなら、胎児はこのままの状態で、ミトさんのお腹を切り、子宮を切開して胎児を出すしかないと思う。

 

『撒羅満氏産論抄書』という本に書かれてある子宮截開(切開)術をやろうと思うのだが、均平くんはどう思うかね」

 

「さろもん……ですか?」

 

『撒羅満氏産論抄書』という書物を知らなかった均平にとって、お腹を切って胎児を出すことは今までに聞いたこともない、初めて聞く手段・手法でした。彼の頭には赤ちゃんは腟から取り出すものとしか考えられませんでした。

 

 

「大丈夫ですか、叔父さん」

 

「こうなるかもしれないと思っていた。これは、撒羅満氏産論抄書を書き写した写本だ。まずはこの本を読んでみてくれ」

 

均平は伊古田が写本した『撒羅満氏産論抄書』の中に記述されている帝王切開手術の部分を半刻かけて食い入るように何度も何度も読みました。

 

手術が決定すれば均平が第一助手になります。如達堂で均平は分娩の理論は学んでいましたが、それはあくまでも子宮頸部を中心とした子宮の下方の解剖学と骨盤の骨を中心とした骨学とそれに関する分娩学でした。『撒羅満氏産論抄書』に描かれている腹腔内に凛と存在する妊婦の子宮の図や子宮内に存在する胎児や胎盤の図は初めて見るものでした。

 

『撒羅満氏産論抄書』の写本には子宮を支える靭帯や栄養を供給する血管までもがきれいに描かれていました。皮膚、皮下脂肪、筋膜、腹直筋、腹膜の解剖学は日常の刃物による傷の手当てで凡(およそ)その位置関係は知っていたものの、腹膜下の子宮の存在は均平にとって怖さよりも、むしろ新鮮さを感じるものでした。

 

【メモ】

「臍帯脱出」

骨盤位や横位分娩時に児の頭部が先進しないため、子宮口から臍帯が脱出する現象のことをいいます。他の部分により臍帯が圧迫される可能性があるため、現在では迅速な帝王切開手術が選択されます。

頭位の場合は最も危険で、脱出した臍帯を子宮内に戻すことは不可能な場合が多く、臍帯圧迫による血行障害を回避するため、用手法的に児頭を持ち上げることにより緊急帝王切開手術の準備を行います。

 

今回の場合は、腟からの右腕の脱出に引き続いて臍帯逸脱が起こった極めてまれな症例です。当時の医療レベルでは、胎児の命の救出は不可能であったと思われます。

 

クリステレル児頭圧出法

胎児の体位が頭位であって、お産が進行し胎児の頭が見える段階(排臨)まできているのにそれ以上にお産が進まない場合に行う方法です。

仰向けに寝た状態の妊婦の横で、産婦の足の方を向いて、分娩台の高さと同じ台の上に立ち準備します。子宮収縮が始まり陣痛が徐々に強くなり、産婦がいきみを開始したらそれにあわせて子宮底に当てた手に体重をかけ胎児を押し出します。子宮の収縮がおさまると中止します。この方法は吸引分娩と併用されることが多いです。

会陰裂傷、腟壁裂傷、頚管裂傷などを起こすこ

とがあります。

 

術者の力が強すぎたりすると胎盤早期剥離や子宮破裂を起こすことがあるので、産婦の訴え、表情、胎児心拍など十分に観察しながら処置を行います。

 

 

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