トラウベ聴診器

胎児の心音聴取は、今でこそ極めて簡単に聴取できる胎児の生存情報ですが、昔はかなり難しいものでした。

 

胎児心拍検出手段は当初トラウベ聴診器という木製の器具を用いて、妊婦の腹壁上から聴取していました。トラウベ聴診器による児心音聴取は、妊娠20週以降でないと確実に聴診することが出来ず、聴取する胎児心音は微かで、心拍数計算には誤差が伴い、腹壁の厚い太った妊婦の児心音聴取はほとんど不可能でした。

また、トラブルの多い分娩中の胎児心音の連続聴取・監視はトラウベ聴診器では所詮無理な相談だったのです。

 

 

1816年、フランスの医師ルネ・ラエンネックは、子どもが木の棒の端に耳をあてて遊んでいるのを見て、聴診器のメカニズムを思いつきました。それまでは、直接皮膚に耳を当てて音を聴き、触診や打診によって心臓疾患などの病状を診察していました。

これに対して、ラエンネックは、聴診器による聴診を「間接聴診法」と名付け、その精度は従来の診察法より遥かに確実であったため、大きな反響を呼びました。

 

当初の聴診器は、1本の筒形の木でできた単純なものでした。その後ドイツ人の医師トラウベがより音を大きく聞くために患者にあてる部分を大きくした漏斗型の聴診器を開発しました。聴診器はその後独自の発展をつづけましたが、児心音聴取用トラウベ聴診器はトラウベ本来の形で残ったのです。

昔は妊婦の腹部を触診し、胎児の位置を確認後、トラウベ聴診器を腹部に当てて胎児心音を聴取しました(昭和60年頃までの風景)。

 

 

胎児心拍検出器

昭和35年ごろから胎児心音をトラウベ聴診器以外の方法で聴取しようとする研究がなされ、昭和42年に超音波胎児-心拍検出器が国産化されました。この結果、妊娠7週の早期から胎児心拍の一部が、妊娠10週以降では100%児心音聴取可能で、早期胎児生存診断が誰でもできるようになり、客観的胎児生存診断の導入の魁になりました。

 

*携帯用ドプラ:現在の携帯用のものは軽く持ち運びが自由で操作性も容易である。

 

 

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