南スーダンへの自衛隊派遣の時系列、wiki&5chにあったわかりやすいまとめ貼っておきます。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E8%A1%9B%E9%9A%8A%E5%8D%97%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%B3%E6%B4%BE%E9%81%A3#2014%E5%B9%B4

 

2011年7月 国連安保理で南スーダンへのPKO決議が採択 
2011年11月 野田内閣、自衛隊の派遣を閣議決定 

2012年1月 1次隊が南スーダンの首都・ジュバに到着 
2012年4月 国境地帯の油田で南北スーダン国境紛争が発生 油田への空爆等が行われるが、ジュバには影響がないとして続行 
2012年12月 衆議院解散総選挙 安倍内閣へ政権交代 

2013年10月 安倍内閣、2014年10月までの派遣延長を決定 
2013年12月 ジュバにてマシャール前副大統領が実権を握る部隊によるクーデター未遂事件が発生 
          部族間対立と一体化し、ジュバ北部を中心に内戦へと発展 
          自衛隊による韓国軍への「銃弾提供」と武器輸出三原則の関係が問われる 
          日本では情勢悪化に伴い撤退論が噴出するが、安倍内閣は続行を決定 


2014年10月 2015年2月までの派遣延長を決定 

2015年5月 集団的自衛権の行使容認を閣議決定 
2015年9月 衆議院・参議院、他国部隊の防護任務を含めた自衛隊法等の改正案(安保法案)を自民党・公明党などの賛成多数により可決 
2015年8月 2016年2月までの派遣延長を決定 
2016年7月 正規軍とマシャール派との間で大規模な戦闘が発生、日本大使館員の一部も首都ジュバから撤収 
          日本では情勢悪化に伴い撤退論が噴出するが、安倍内閣は続行を決定 


2016年10月 2017年3月までの派遣延長を決定 
2016年11月 新たに「駆けつけ警護」任務を付与  

2017年3月 撤収発表 安倍首相は「同国における活動に一定の区切りがついたため」と説明し、5原則は最後まで守られたと主張 
2017年4月 全部隊撤収 


マシャール派のクーデターで情勢悪化してから4回派遣延長したのは安倍内閣

 

PKO参加には五原則があり、そのうちの一つが「紛争当事者の間で停戦合意が成立していること」(非戦時状態)です。

 

2013年12月あるいは2016年7月、停戦という原則が崩れたとみなして撤退すべきだったのではありませんか?

にも関わらず安保法制に基づく「駆け付け警護」なんて付与させてる

 

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/08/post-5705.php

2016年8月24日

自衛隊、安保法制に基づく駆け付け警護など「集団的自衛権」の訓練開始

国連平和維持活動(PKO)の交代要員として南スーダンに11月中旬に派遣予定の部隊は、新任務の訓練を今月25日から始める。これまでPKOに派遣された部隊は、自衛または自身の保護下にある国連職員などを守る場合のみ武器の使用が許された。安保法制のもとでは、遠隔地まで救助に赴く「駆け付け警護」や、宿営地を他国部隊と共同で守ることが可能になる。

 

撤退どころか訓練開始ってなんだよそれ!

安保法制アピール実績作りのためなら自衛隊の犠牲も厭わなかったわけですか、安倍政権は。

 

↓南スーダン派遣隊員がこんな証言をしています。

 

https://this.kiji.is/360834515545752673

南スーダンで2016年7月、政府軍と反政府勢力の大規模戦闘が起きた際、国連平和維持活動(PKO)に派遣中の陸上自衛隊部隊が、通常武器を持たない隊員も含め全員に武器携行命令を出したことが22日、分かった。派遣隊員は当時を「戦争だった。部隊が全滅すると思った」と証言。PKO参加には「紛争当事者間の停戦合意」など5原則を満たすことが条件で、政府は当時「武力紛争ではない」と説明していたが、参加の根拠が崩れていた可能性が強まった。派遣隊員や防衛省幹部が明らかにした。

 南スーダンPKOで武器携行命令が明らかになるのは2例目。

 

↓こちらの記事も重いです。現場の辛さが伝わってくる。

https://www.j-cast.com/2018/04/21326502.html?p=6

 

南スーダンでは2013年12月に、初めて首都のジュバで、政府軍と、当時はいわゆる副大統領派との大規模な戦闘があった。その数か月後に僕が最初に南スーダンに行った時に、大規模戦闘の少し後に起きた事案について、派遣部隊の隊長が直接私にこんな話を聞かせてくれた。近くで銃撃戦があって、全隊員に武器の携帯と銃弾の装填をさせた。自己防衛のためなら撃てという「射撃許可」まで出していたと。そんな重大情報を派遣部隊の隊長自らが僕に伝えたんです。それがたぶん当時の現場の危機感です。なんで朝日新聞の記者にそれを言ったのかって言うと、それは日本に伝えなきゃいけないと、じゃないとたぶん、このままだと撃つか撃たれるかになってしまうと。

 

2013年12月の衝突時に、現場は朝日新聞記者に、戦闘の事実という重大情報を伝えていた。

それは「政府頼む、もう撤退させてくれ」という意思表示だったのではないでしょうか?

 

なぜ、撤退しなかったのか。

この責任は重いですよ安倍政権!

 

確かに、最初に南スーダンへのPKO派遣を決めた野田政権にも私は批判的印象を持ちます。

決定時は派遣地ジュバで戦闘が行われてなかったとはいえ。

 

それはそもそも論として、PKOに参加する必要があるのかという問題です。

 

https://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2017/06/0615.html

変わるPKO アフリカの現場から

 

PKOの主体は現状、途上国ばかり。

国連からの報酬目当てで途上国の兵士たちが積極参加している。

あとアフリカ利権狙いの中国。

先進国はPKO離れが進んでいるそうですよ。

 

国際貢献も大事かもしれませんが、「それで日本にメリットがあるのか」という視点を忘れてはならないと思います。

 

しかしそれでも民主党政権だったら、ジュバの情勢が悪化した時点で即撤退させていただろうと思います。

なぜなら民主党は過去に、シリアから自衛隊PKO部隊を撤退させた経験があるからです。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51198?page=3 
PKO協力法にもとづく自衛隊の海外派遣は1992年から始まり、南スーダンで14件目。 
任務達成によって活動は終わるが、過去に一度だけ、中東シリアのゴラン高原PKOは途中で撤収している。 
この撤収を決めたのが民主党政権だった。 


参加国で最初の撤収となったものの、直後に複数国のPKO隊員が拘束されるなど急速に治安状況が悪化、 
翌年には主力のオーストリア軍も撤収し、ぎりぎりの決断だったことが証明された

 

安倍政権はなぜ、ここまで情勢悪化しているのに即時撤退させなかったのか?

そこに、集団的自衛権の実績作り、という政治的「成果」を期待する趣きはなかったのかを問いたい。

 

自衛隊員の命を犠牲にしてでも、集団的自衛権の実績作りをしたかったのでは?と。

 

そして、本当に戦死者は出ていないのか?という疑念も。

 

 

 

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村