出会いはナンパ!!

 と、対外的には言っています。

 実際にはマッチングアプリ。

 教員がマッチングアプリで出会うのはイメージ的にも色々とグレーなところがあるので、聞かれたら「夫にナンパされました。」と答えていました。根掘り葉掘り聞いてくるタイプの人には、あまり夫をちゃらく見せるのもびみょーだなと思って、「社員証なんかをぶちまけたのを見て(わりと物を落としやすいのは合ってる)拾ったら学校名書いてあったから、同業かなと思って話が盛り上がり、ちょうど良い時間帯だったからそのままデートして、(ここからは本当)翌日も趣味の映画デートに誘われて行ったら付き合いを打診されたので、「結婚願望ないけどいいの?」ってことにオッケーを出したので、出会って2日目で交際スタートしました。」と、語っています。

 マッチングアプリを使っていたのは、ほんとに短期間でした。一人で酒を飲むのが若かりし頃の趣味だったので、繁華街でナンパされることがちょくちょくあったから、「私はわりとモテるのかな?」と自意識過剰になり、どの程度なもんかと手を出しました。

 そうすると結構コンタクト取ってくる人が多かったのですが、その中に「人が良さそう」とビビッときた夫を発見し、しばらくメッセージのやりとりをしてから、趣味がある程度合いそうだと思って(と思ったらあんまり合っていなかった。)(たぶん私に合わせるための方便で、夫はアウトドア派で私はインドア派)、顔面やスタイルなんかは最低限オッケー(写真を知人や同僚に乞われてみせると、イケメンじゃんとお世辞か言ってきますが、今は好きなYouTuberの「けーさんとたろー」のたろー似のハゲまっしぐら。ガタイがよく、ゴリラ顔なのですが、私は細くて塩顔派。)なレベルだったので会う気になりました。

 そして、私はどんなものであっても、モノをくれる人に弱い。モノくれる人=いい人! 的な思考をもっています。

 2日目デート後、車で自宅まで送ってくれた後に、ごそごそと「これ、実家から送られたやつ、お裾分けするね。」と、とある果物をいただいて、「いい人じゃん!」と思い、「家上がる? お茶出すよー。」と連れ込み、「私と付き合いたいって思ってる?」と問いかけると「付き合えたらいいなーと思ってます!」と言われたので、「結婚願望ないのを前提としてくれるなら、付き合ってもいいよー。(上から目線!!)」「まじ?」となって、そこから交際スタートしました。

 若かりし頃の私はガツガツ肉食系で、下品な話、セフレも何人かいました。でも互いに本命とはちゃうなーって感じで、交際には発展せずでした。

 そこからセフレには「彼氏できたからばいば〜い」と切り、当時、夫が住んでいる場所が電車で30分以上。そこから車で5分〜10分。まあまあな田舎に住んでいました。

 基本的に金曜日の夜になったら夫の住む場所の駅まで行って、車で迎えに来てもらい、土日も仕事が入っていることが多い夫のためにご飯作ったり(料理はレシピと道具さえあれば何でもそこそこ作れるけど、好きじゃないから、気が向いたら程度。)、掃除や整理整頓に洗濯(ADHDの気がある夫はカビつき布団を放置している有様。巾木のほこりも気にしない。四隅も気にしない人。)をしたりして、あとはレンタルした映画などを見て過ごし、帰宅したらイチャラブするという通い妻生活でした。

 夫がそんな私に対して結婚を意識したのは、付き合って2ヶ月くらいした時に高熱を出したときらしいです。

 ちょうど夏休み期間だったので、毎日泊まり込みで深夜も冷えピタをこまめに貼り直し、ご飯を作り、着替えさせ、空いた時間はドラマを観て、というのを五日間続けて「ほんとに病院でただの風邪って言われたの? 薬まったく効いてないじゃん! セカンドオピニオンだよ! ペーパーだけど、私が運転してでもいいから、別の病院にかかるぞ!」と、ずっと「大丈夫だから」「たぶんもう治るから」と繰り返してばかりの夫(優柔不断)に痺れを切らし、観るドラマもネタ切れになり、違う病院に連れて行ったら、やっぱり違う病気由来の発熱で、処方された薬を飲んだら、1日でけろっとなりました。

 夏休み中でしたが、職場で仕事があったもので、帰らないといけないけど、この人をぶっ倒れたままにしたら死んでそう・・・と、心配混じりの怒りながらのセカンドオピニオンでした。

 ここで「メイって頼りになる・・・結婚したい・・・。」となったようで、まあ若かりし当時は激務ながらも精力的に動けていたので、掃除してくれたり、「カビ生えるよ(手遅れだったけど)。スノコしきなよ。」など、家事もがつがつやる私に魅力を感じたようで、それからは「結婚したいなー。」が口癖に・・・。

 夫からそう言われ続けると、まんざらでもなくなり、まー良い人だし一緒にいて心地よいから生涯の伴侶にしてもいっかと思い出して、交際一年を迎える前に「結婚したいしたい言ってるけど、本気なの? どうなの? 本気ならプロポーズしろ!」「子供は産めないけど、構わんなら、婚約指輪なんぞ用意せんでええし結婚式も挙げる気ぃはないが、ちゃんとプロポーズしな! はい私が行ってみたいレストランはこちらです!」と、全部、私のリードで、妙なシチュエーションで、私の提示したレストランで「結婚してください・・・よろしくお願いします???」と、夫もこの展開についていけない、って感じでプロポーズさせて、「はいじゃあ婚姻届を出すのは夏休みね! 事務さんに書類を用意してもらったりする必要あるし、新居探しもしなきゃならんからね! 新婚旅行がてら、うちの親に顔見せして、北海道旅行でいいね?」と、全て私のリードで結婚に至りました。

 私の両親は、「メイが選んだ相手なら問題ないね〜。(仕事も学歴も一切知らずに顔見ただけ)それにしても結婚する気になったなんて良かった〜。」「言っとくけど、孫は期待しないでよ。」「・・・わかってます。(おそらく母親の遺伝と月経困難症になったときの対応のしくじりで不妊になったから負目がある様子)式は挙げないのね? じゃあお祝い包むから、それで新居費用なんかにあてなさい。」

 と、実家で父に(事前にもう一人分は夫の父に書いて貰っていた)証人欄に記入してもらい、北海道の地元で婚姻届を申請して結婚しました。

 その後は自宅で1泊してから、北海道旅行。私も北海道なら当時はペーパーだけど、道が広くて見通しが良いので、遠慮なく運転。五日間のうち、一箇所はかなりお高いホテルに泊まりました。サービスとかなんだとかがえらくすごくて、夫と隣あって個室でエステが受けられて、最高でした。北海道の良いところはご飯がどこも美味しいところ。空気も美味しいのが最高。除雪が大変で娯楽が少ない事が残念ポイント。


 でも怖かったのは、私、どこに泊まるかとか言っていないのに(夫から聞き出した?今でも不明)、泊まる先々のホテルで、押し付けがましい母親がフルボトルのワインサービスをサプライズしてきていたこと。夫は下戸でワイン飲めないから、私がなんとか飲むけど、せめてハーフボトルにしろよ・・・。マジなんなの、あのリサーチ力。怖い。

 と思いながらも新婚旅行を終え、わりと若いタイミングで結婚に至りました。

 新居探しやら、新居の契約やらなんやら、苗字が変わるからそのための変更手続き(私は苗字変えたくない派だったけど、末っ子長男の夫が改姓だけは譲れないとか変なところで強引さを出してきて、仕方なしに折れてやった。自分はたいした手続きもないし、新居も新婚旅行計画も私が奔走したってのに。)が大変でした。職場に同じ苗字の後輩がいたので、校内放送で呼ばれる度に「どっちや!?」となってしまい、「はよあんたも結婚してよー!」と、軽いパワハラをしました。両家顔合わせも、なんとか夏休み中に、私が住んでいる地にある料亭で行いました。進行役になるはずの夫がガチガチになっていたので、結局私が進めていました。(私の両親はアクティブなので、車さえあればフェリー使って本州にもやってくる。そして顔合わせを終えたら、そのまま旅行に旅立った。)

 夫の実家に行くのは、当たり前ですが私の実家より先に行きましたが、お義母さんもお義父さんも優しく温かくて、しかしわりと歳を重ねてから産まれた末っ子長男だから夫の生活能力が当時は低めで、「こりゃー、だからこんな(優しく温和で流されやすい)人柄の夫になるわ。」と思いました。本州? ならではなのか、本家みたいなのがあって、義実家自体はまったくもって一般家庭なのですが、親戚にはテレビにも出てくる著名人やそれなりの立場の人がいて、「えっ・・・世界がちがう。」と思いました。だからこそ、お義母さんは挙式にこだわっていましたが、私がそういう場面に興味ナッシングだったので、ノーサンキューを貫き通し、「フォトウエディングでご勘弁を・・・。」と言うと、現場にやってきて、撮影に立ち会い、ついでにスタッフの方にお願いして3人で記念撮影しました。そうして出来上がったミニアルバムで挙式代わりとさせていただきました。お義母さん達には、「長男という事ですが、私が子供を産む意思がないので、DINKSでいきたいと思いますが、よろしいでしょうか?」と伝えましたが、むしろ困ったように「それは全然ええんやけど・・・うちの子、将来ハゲるよ? それでもええの?」と、明後日の方向から返答がきました。人間、歳を重ねりゃ容姿なんて劣化するし、そもそも夫の容姿は元より私の好みではないから、「ハゲたら潔く剃りな」って言っているくらいなんですけど。お義父さんが30代に入って早々にハゲ始めたそうですが、夫は発毛剤や育毛剤でなんとかしようと足掻いています。

 お姉さんは2人おり、どちらも10歳以上年上で、長女の方がしっかり者。当時は小学生のお子さんが今は中学生と高校生になっています。次女の方がマイペース。当時は産まれたばかりの赤ちゃんが今や小学生に。時の流れは早いモノです。この義理の甥っ子姪っ子に毎年プレゼントとお年玉をあげるのが楽しみです。どちらも奇抜なお笑い系な性格をしていて、夫もよく奇妙なお笑い系の言動をしてくるので、おねえさん達のご指導を受けて育ってきたことがよくわかります。お義母さんもお義父さんも、おとなしいと思ったら、時々面白いことをしでかすので、おもろー家族だと思っています。こういう家庭で育ちたかった〜。

 そうして暫くは私が引っ張る姐さん女房みたいな結婚生活を送っていましたが、5年目くらいを過ぎてから体調不良が目立つようになり、精神的にも壊れてきて、当時は潔癖症とも言えるほど几帳面に掃除洗濯整理整頓に拘っていましたが、夫の優しいカウンセリングで「あんまり気にしない気にしない。」と洗脳を受けて、今はほどほどにできるようになりました。ていうか、猫を飼い始めてしまえば、もうそんなこと思えなくなる。猫(第一の使徒・アオちゃんは夫が「アニマルセラピーになるから飼おう。」と言い出して、私が好みの子を選んで購入。最初は保護猫も考えたけど、対応する余裕がなかったので販売猫にした。)(第二の使徒・シロちゃんは、私の一目惚れ。アオちゃんが1匹で日中過ごすのも可哀想だしと、多頭飼いに至った。)


 そして、今や完全に適応障害。パニック障害、強迫性障害、自閉症スペクトラム、広汎性発達障害など言われるようになって、最終的には精神疾患は適応障害。発達障害では広汎性発達障害と言われ、仕事も半死半生で生活し、夫に毎年「もう休め。」と言われながら、この11月に転院した病院でカウンセラーの社会心理福祉士の方と主治医から「今すぐ休職しなさい。できない? 年度末まで? ・・・ほんとは今すぐ休職して本腰入れて治療した方が良いんですけどね! でも、そこまで言うなら年度末まで待ちますよ。」ってな感じで、強引に背を押された事で、休職があれよあれよと決定しました。

 昔は私があれもこれもしていたけれど、今や夫におんぶにだっこ。脳の回転も鈍くなって、カウンセリングで納得いかないことがあれば、夫に報告して「〜って考えたらいいさ。」てな感じで再解釈して、私が納得できるようにサポートしてくれています。

 家事炊事も夫の方が多め・・・かな? 平日の簡単な掃除やペットの世話、洗濯は私。その分、休日に夫が掃除洗濯ペットの世話。それに、知らぬ間に色々なスキルが上がってきて、お菓子作りに挑戦するようにも(安定したレベルのものではないけど。)。私は長期休暇や三連休くらいあれば、細かいところまでの掃除をします。大掃除はしなくてよいように、時々がっつり掃除。

 でも、やりすぎていると、夫に「がんばりすぎて発作起こすから、今日はそれぐらいにしときな。」と止められます。やり始めると、完璧主義者なので、つい止まらなくなる。そうして、夫が今は私のサポート&ブレーキ役になってくれています。

 給料面でも、夫の転職前は私がだんぜん上だったのに、今や完全に負けています・・・。経済的に頼り甲斐があるのは助かるけど、私にもプライドがあるんだけどなぁ・・・。休職したら、昇給も止まるしボーナスも出ないし。今期のボーナスががっつり差をつけられていて、悔しいですね。

 まあ、最悪、治療が上手く行かなくて滞っても、経済面で安心感があると思うべきですが。

 ともあれ、夫とはこうして逆転したわけです。結果的に、頼り甲斐ある人に成長して、そういうつもりで結婚を決めたわけではありませんが、先見の明があったなーと思いました。夫は頼られることが好きだと、病気になってから気づいたので、思う存分、おんぶしてもらおうと思います。かと言って、自立しない道は選びませんがね! 夫が激務で倒れることだって考えられるのだから、その時のためにしっかり治療していこうと思います。

 これが夫との馴れ初めと現在でした〜。