547日目、もう嫌や | 24才の娘(子)を自死(自殺)で亡くした母めてさんのブログ

24才の娘(子)を自死(自殺)で亡くした母めてさんのブログ

2013年10月15日24才の娘が鬱で自死しました。
突然のことにショックを受け、「これは夢ではないの?」「なぜ?」「私が悪かった」頭で同じ言葉が回転します。娘の死を認められず、悲しい苦しい辛いでもいつか私の経験が誰かの助けになればと思います


こんにちは
お元気でお過ごしですか?

547日目
私は昨日
グランフロントの方に午前中に行きました。

私は娘が亡くなる半年くらい前から
私の仕事が終わってから
待ち合わせて

毎日
くらい
大阪駅の辺りをフラフラしていました。

グランフロントの辺りを歩いてお茶をしたり
ご飯食べたりしました。

だから
そこら辺には
行きたくなくて

行かずに過ごしていました。

今日
行って
娘を思ったし

この場所で
亡くなった女性のお母さんのことを思い

同じように
辛さや
悲しみや
苦しみの毎日

もう
いややって思って
生きてはるんやろうと
思った。

もういやや
毎日
気がつくと
あのときこうであれば
今も娘は生きていてくれるのではと言うことを考えている。

娘のこと以外を考えることが
出来る時間が救いだと思う。

私の人生のどこから
やり直すことが出来たら
良いかと考える時もあり

主人と出会わなければ
こんな辛い思いをしなかったと思ったりするけど

そうしたら
子供たちを
生めなかったと思うと

幼い頃の
子供たちの可愛さや

育てて生きてきた
過去の日々を思い

子供たちを愛する思いを思い

長くはなかった
主人の人生に
私がいて

主人も幸せと思えたこともあっただろうと思い

全部受け止めて
これが私の人生であると
生きなあかんてことを思う。

昨日、街で
お父さんが五才くらいのお嬢さんを車イスのような
移動させるものに乗せてはって、お嬢さんは
障害があるのだろうなと
すぐにわかって
ご両親の辛さを思った。
そんな苦しみを知らずに
愛する我が子が
他の子のように
生きて行くことが出来ないと思うときの不憫さを感じる
辛さや苦しみ

私は知らずに生きて来たことを思い

もし、子供が
人の過失や意思があってか
亡くなったとしたら
その相手を
憎まないといけない
辛さはどんなものかと
思ったり

世の中にある
苦しみを想像したり

良い出来事が起こることばかり
考えて生きていたのに
マイナスな思考になるように
なった。


今でも
いきなり
私は娘の愛称を
叫ぶように
声に出していて
それは
私の意識ではなく

テレビを観ていても
テレビに向かって
声を出していて

何でかわからんて
思う。

主人を亡くしたとき
この逆境に負けたくない
下を向いて生きたくないと
負けるものか!って
必至だったけど

その頃、
子供たちの小学校の運動会を見に行った時に
短命な主人を思い
無念であっただろうと
泣きながら運動会を観ていた私はその時に

言い様のない
寂しさを感じていて
気が付かないうちに
その頃から
ずんずんと

鬱に向かっていたのだろうと
思う。

私の脳が正常になり
普通に過ごせるように
なったのは
何故かも分からないなと思う。