幸せの青い鳥 のお話を知っている方々は思い出してください🍀

幸せの青い鳥を探して旅をしますが どこにもいなくて 戻ってきて 幸せ は自分自身の心の状態 であったことに気づくお話です🍀

忘れてしまいがちですが どんなことがあっても 穏やかで 楽しく 幸せ でいるというのは 意識としての心の状態のことを言います🍀

もちろん生きていれば 美味しいものを食べた時や欲しかったものを手に入れた時 などなどは みなさんは幸せ と感じる人もいるでしょう🍀

それは 幸せ 嬉しい 楽しい という意識としての心の状態が続きますでしょうか!?🍀

ばぁばがいつも伝えているのは 幸せ 楽しい 穏やか という 意識としての心の状態がずっと続くように 願っているということです🍀

身体がどんな状態にあっても 意識としての心の状態は一定に保つことができます🍀

それを 仏陀もイエスもサイババも伝えたかったんですよ🍀

そのために 心の訓練 思い込みや信じ込みの取り除き などにより あなた自身の心はいつでも 幸せ 楽しい 穏やか を続けられることを 分かってほしかっただけなんです🍀

沢山の欲に支配されてしまった意識としての心の状態は 欲が満たされても また次の欲を生み出します🍀

この繰り返しによって 心の状態は落ち着かなくなり 荒れてしまい いつも何かを求めて生きる人間になってしまいます🍀

そして不必要な 不安や恐怖 を抱え込み 自分自身で自分自身を殺してしまっているようなものです🍀

特別な力を分かって欲しい 認めて欲しい 私は僕は特別なんだと承認して欲しい などなど 欲が他の方向から出たものが スピリチュアルになります🍀

要するに 欲であるということは 他の欲とどちらも変わらない ということです🍀

不思議なことなら 人の意識としての心の動きが手に取るようにわかる ことですね ばぁばは🍀

他の不思議体験や経験は 身体だけではない とか 宇宙は無限ではないとか 魂は瞬間移動するとか 言葉が要らなくなるとか 死んだ人達と意識の中で会話が出来るとか 時間という概念の早い遅いが違う場所があるとか あげればきりがありませんが 経験や体験として持っていて それを沢山の視点から この世の成り立ちとして 受け入れていくだけの アイテム としか ばぁばは思っておりません🍀

大切なのは 人間として生きてても 死んでしまっても 意識としての心の状態 だと知っていますから 周りの変化には実のところ 全く問題にはしておらず 興味という意識の状態でもありません🍀

意識としての心の状態を 今のどんな状態からもきちんと理解し 常に穏やかで 幸せで 楽しいというところまで持っていくのは 普通は 至難の業 ですから それについて言葉にして書いたり 何とか伝えようとして 自分自身の思い込みや信じ込みを入れてしまって 書いたものがお経であり 聖書であり コーラン などであること を 本当の意識で分かっていくと 確認作業はみなさんでできますので ただ観ている 観察している だけで 分かるようになってきます🍀

これを 小さな物心がつくかつかないかの頃から続けているばぁばです🍀

ですから 名前も生年月日も生まれた時間も何も知らなくても その人の意識としての心の動きが簡単に手に取るようにわかります🍀

ですが ここでまた大切なのは 良い悪いが全くない!!という意識としての心の状態 が更に必要になってきます🍀

良いや悪いも 人間としての先人達が創ったものですから 本来必要のないものも沢山沢山あり 道徳心 に照らし合わせていくくらいで思っていたほうが 純粋、素直、正直に近づきますから ジャッジ(判断)はしないことです🍀

視点を変えれば 良いことも悪いことになったり 悪いことも良いことになったり するのが この人間の世界ですからね🍀

そして みんなが同じ という 意識としての心の状態に きちんと持っていくことをオススメします🍀

自分自身に言い聞かせる為に 言葉にして書いたり 話したり する必要は 不安と恐怖の現れですよ🍀


今日もばぁばは みなさん存在に 魂からの感謝を 溢れ出す愛と慈しみに変えて 送ります🍀

ありがとう🍀