「芭蕉を見よ,山頭火を見よ」――フリーランスという生き方 | メタメタの日

 ――第3回フリーランス文化祭



それぞれのユニオンに加盟している音楽,映画演劇,出版関係者が一堂に会するフリーランス文 も今年で3回目。昨年出版ネッツに加盟した私にとっては2回目の参加となった。

 今年の私の第一印象は昨年と同じで,「もったいない」。プロのミュージシャンの生演奏が聞けて,映像作品も見られて,熱いシンポジウムもあるのに,関係者以外の一般参加者が少ないのは,もったいない。けれど,今年のシンポジウムを聞いて少し納得した。異業種のフリーランス同士が交流しあうことが第一の目的なのだ。

その前に同業種の交流も完全とはいえないが,今年のネッツはギャラリーの作品展示者から参加組合員への解説と質疑応答があったので良かった。特に私のように加盟して日の浅い者にとっては。



  <異業種フリーランスの饗宴>

 今年のシンポジウムのテーマは「待っていても仕事はこない,チャレンジするクリエイターたち」。このお題を見て,営業のノウハウが語られたなどと思ったら大間違い。フリーランスとは働き方(身過ぎ世過ぎ)ではなく生き方なのだということを,社会や会社に妥協せずに生きていたら,あるいは好きな道を続けていたらフリーランスになっていた者たちが,熱く熱く語った。もちろん自分のやっていることが社会から評価(金銭的にも)されたら生活も安定するだろう。しかし,自分の進む道が新しい道だったら社会の評価は遅れてしかこない,芭蕉を見よ,山頭火を見よ,新しい道を切り開くのは,既成のプロではなく,社会から認められていないアマチュアなのだ,と三宅勝久さん(ジャーナリスト)は壇上から吼えた。

 会場からは西里扶甬子さんが,ジャーナリストとしてのライフワークを追求するために自分には翻訳通訳という技能での収入がある,糧を得るためにはバイトをするのもひとつの手段だ,という発言があった。

 パネリストの中倉雄二さん(CGクリエイター)は,大学を出てゼロから始めた映像の仕事も10年やったら飽きて,広島に帰って建築関係の営業を5年やるが,「穀潰し」と会社からも家族からも言われて,東京に舞い戻って再びゼロから日本CG界の草分けになった経験を語り,営業とは決まったノウハウがあるのではなく人柄であり,仕事のつながりは人のつながりであることを語った。

 小川正毅さん(ホルン奏者,プロデュサー)も,一つ一つの仕事のキャリアが次の仕事につながり,組織(オーケストラ)に属さない音楽家たちをつなぐ役割もするようになっている現状を語った。

 最後に,河西保夫さん(出版社経営,元SOHO協会副理事長)が,ソーシャルネット社会では,産業社会とは異なりプロとアマの差は限りなく近く,いま地球上では何億という人間がフリーランスという生き方をしている。フリーランスは未来の生き方を提示しているのだ,と文明論的展望を示した。

 そして,文化祭の最後に,音楽ユニオンの篠原さんから,こういうフリーランスの異業種交流は珍しいのであり,年一回ではなくもっと機会を持とうという提案があった。

 こういうみのりある文化祭に参加しないのは,ほんとうにもったいない。