不思議/中森明菜 その3~すわりの悪い話 | 私的音盤幻聴記

私的音盤幻聴記

偏愛している音楽を中心に書きます。

「不思議」の音楽性をジャンルで伝える時はプログレッシブ・ロックと言われる事が多い。


Mike OldfieldTubular bells(1973)

これは明菜自身が映画エクソシストのテーマ(Mike OldfieldのTubular bells)にインスパイアされたと語っている事と、10曲中7曲の編曲と演奏を行い共同プロデュース的に関わったバンドEUROXの音楽性のルーツがプログレである事から。それは正解だと思う。が…当時リアルタイムで聴いていた身としては、どこか違和感を感じてしまう…

プログレ~ニューウェーブ
ではその違和感とは何か?一つは86年当時プログレッシブ・ロックというジャンルは古臭い過去のものだというイメージがあった。
実際「不思議」の翌年に発売されたEUROXの「MEGATREND」の再発CDのライナーノーツは「TAO(前身のバンド)時代のプログレ色を払拭し…完全にUKニュー・ウェーブへの脱却を図って…」と書かれている。
80年代中頃に於いてプログレ色は払拭しなければ、時代遅れ、売れない…という認識が時代の空気としてあったんだと思う。しかし「不思議」の音は新しく1986年だからこその音だと感じた。 
 

 
Scritti Politti/Absolute(1985)
「MEGATREND」のライナーノーツでEUROXがニューウェーブ移行時に意識したと書かれている、英国のニューウェーブバンド
 
 
Matia Bazar/Ti sento (1985)
同じくライナーノーツで「不思議」制作時に影響を受けたのでは?と書かれている、イタリアのエレクトロ・ポップバンド 

ゴシック/ネオサイケ
そしてもう一つ、同時期にプログレ以外に「不思議」と似たような雰囲気を持った音楽があると個人的に感じていた事。では、その自分が「不思議」とにた雰囲気を感じた音楽をいくつか紹介します。


Cocteau Twins /Five Ten Fiftyfold(1983)

曲全体に深いリバーブがかけられ、独特の歌唱法の女性ボーカルが乗る。このボーカル、エリザベス・フレイザーの歌い方は英語ネイティブの人でも非常に歌詞が聴き取り辛いそうです。またイメージを限定してほしくないため、レコードに歌詞カードを付けない方針だったそうで、なので詞を伝えるための歌では無く、声を楽器と見做していたと言えます。82年デビュー当時はゴシック又はネオサイケというジャンルに属していたが、徐々にポップな音楽性へ変化していきました。後の時代にシューゲイザーの始祖的存在とされ、ドリームポップとも呼ばれた。


Dead Can Dance/Avatar(1985)

中近東を思わせるエキゾチックなサウンドに、これまたエキセントリックな印象の女性ボーカル。ボーカルのリサ・ジェラルドの歌は異言(glossolalia)と言われている、要は意味不明な造語のようなもの。84年のデビュー当時はゴシック・ロック系のバンドだったが、次第に古楽や民族音楽の要素が強くなっていった。この曲はその過渡期の作品です。Cocteau Twinsと同じ英国の4ADというインディー・レーベルに所属していました。


The Sisters of Mercy/Marian(1985)

80年代の英国アンダーグラウンド・シーンで大きな流れだったゴシック・ロック。そのゴスの代表的なバンド。リズムマシーンのビートにリバーブのたっぷりかかった陰鬱な感じのギター。そして低い声でモゾモゾと不明瞭に歌うボーカル。実はこのバンド個人的には全く好きではないのだが…ゴス・カルチャーの界隈では非常に人気は高く、現在のゴスの中興の祖のような存在と言える。


今上げた3つのバンドは大枠では「ニューウェイブ」又は「オルタナティブ」、細分化されたジャンルで言うと「ゴシック・ロック」又は「ネオ・サイケ」に分類される。
当時のイギリスではこのようなリバーブ等のエフェクトを多用し、内面に篭るような陰鬱なイメージ、耽美的、頽廃美を感じさせる音楽が(主にインディーズではあるが)支持されていた。特にゴシックとよばれた音楽は内罰的で…それは多分キリスト教の宗教観がベースになっている。


ちょっと違う
さてさて、改めて見てみるとゴシック/ネオ・サイケ系のバンドと「不思議」の曲調ってそれ程似てない印象なんですよね…特に不思議にはゴシック系の重~い暗さみたいなものは余り感じない、しかし生気に満ちていて無邪気であるが故の怖さみたいなものは感じます。ただ、リバーブ等の残響へのこだわりや、声を楽器のように扱う手法(これはゴス系バンドの特徴では無いが、Cocteau Twins、Dead Can Danceにはその傾向が強く出ている)は通じるものがある。

どう伝える?
ネットで見た記事によると「85年初頭に「不思議」というコンセプトを中森から持ちかけてきたという…EUROX、吉田美奈子、SANDII & THE SUNSETSらの楽曲が選定され、レコーディング作業は、1986年の正月から2月まで、トラックダウンは5月の初めまで期間を要した…1回目のトラックダウン終了後、中森は「そのミキシングでは"カッコいいけど、不思議じゃないネ?」と発言。その後、コ・プロデュース的に関わったEUROXによるアレンジに変更。サウンドとヴォーカルがひとまとまりとなって聴こえる2回目のトラックダウンが行われた…」とある。

これはおそらく、アルバムの制作が決まり曲を発注する段階では、コンセプトはまだ曖昧で、各々の曲はニューウェーブ系ファンクだったり、ブラコン寄りだったり、歌謡曲的だったり…明菜としても初めてのプロデュースで制作の進め方が手探り状態だったのかも知れない。レコーディングも終わり、1回目のトラックダウン終了後にやっとプロデューサー明菜の頭の中でイメージが固まったのだと思われる。そして明菜の出したアイデアが同時代の英国のゴシック/ネオ・サイケ系と近かったのは、偶然なのか必然なのか分からない…

音楽の事を言葉で伝える時、ジャンルって便利なのだけど、時々この「不思議」のようにどうもどのジャンルとも言い切れないものはある。でもそれは当然ですよね。音楽を作る時…自分の精神が高揚するような…心に突き刺さるような…誰も聴いた事の無いような音を作りたい… … …そういう時ジャンルを意識したりはしないんじゃないかな?と。
しかしそうして出来た「不思議」のようなアルバムを好きになった自分なんかは、それを人にまず言葉で薦めようとすると、そうすると…あれ?なんて言えば良いんだろう?となってしまう。プログレと言っても…ニューウェーブと言っても…ゴスと言っても…ファンクと言っても…もちろん歌謡曲でもないし…

う~ん…でもサイケではあるかなと思ってます。