性別がなくてもいいぢゃない! -7ページ目

私がこれを書いたわけ。

私がこれを書いたわけ

私がこのBlogを書いたわけ。

日記は別に持ってるし、日記はここには書いてないつもり。
過去の話を中心に持ってきて、今の話題はあまり載せないようにしてます。

私自身の体験は普通の人じゃあまりしないだろうし、こんな生き方もあるんだよーっ
っていうことを世間に主張してみたかった。

暗い話も多いけど、暗くは読んでほしくない。
過去の話だから。
明るくわらうのが一番だと思う。

どたばた多いしね。
だからブログジャンルもお笑いにしてみた(笑)

そんなかんじ。





今日の記事は短いですがこれにて。
次回から前回の続きになります。


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私が男子になったわけ。

私が男子になったわけ。

今回から、私が男子になったわけ編。
といってもあんまりトランス願望はなかったのだけれど。

帰国。

1年の生活を終え、日本に帰ることになったワタクシ。
涙のお別れとか、そういうのもありました。
友達と別れるのは本当につらかった。

さて日本に帰っても私は男子に戻りたくなかった。
何でって説明するのは本当に難しいんだけど、難しいんだけど……。
女の子の輪にいたほうが、私らしいっていう感じがしたこと。

男の子の輪にはもともとは入れなかったけど、女の子の輪に入った男の子にもだんだん違和感を感じるように
なってきたのです。
なんで私は男の子なんだろうって。

帰国するちょっと前あたりからこのことに悩んで、結局女子のまま日本に戻ってきてしまいました。


子供の力。

でも、それを両親は許してくれなかった。
そして親戚にも大反対。
遺伝異常を見せることなんて恥。欠陥品呼ばわりは何度もされた。

それでも意地を張るワタクシ。
そのまま小学校に行っちゃった。
でもでも。転校前手続きで顔を出したとき、H教諭に思いっきりけなされた。

「男子は、髪をそんなに伸ばしちゃいけません。
かっこうももっと男らしくしなさいと。」


この時ほど、自分の戸籍が「男」であることをうらんだことはなかったし、
結構男の子っぽい服を着ていったのだけれど、それでもしかられた。
今となっては知る由もないことだけれども、当時の小学校の校則に髪型規定なんてあったのかなと、
気になるのです。日本でもほかの小学校ではなかったと思うから、なかったのかもしれないですね。

H先生もそういってらしたんだからと、両親にも無理やり説得され、
ずーっと長かった髪もきることに。
当時の私の髪は腰近くまである、超ロング。
結構自慢だったので切りたくなかった。

どこで、切ったのかも覚えてないし、どうやって切ったかも覚えてない。
けれど、学校に初登校するときに悲しさでないてしまったのだけ覚えている。


この辺からちょっと鬱展開が続きます。

次回は、「私がこれを書いたわけ。」、「私が男子になったとき。」をはさんで
「私が医者を嫌いなわけ。」という流れで行きたいと思います。

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心と遺伝子と。

心と遺伝子と
今回は遺伝子な話。

遺伝子

性染色体遺伝子は基本的に2通りで、XX=女性、XY=男性。

でもでも、設計図と実際の形が違うことも稀にあって、
XYでもアンドロゲンレセプター(男性ホルモンを受け入れる力)異常で(正常な)女性として生きてる人(AIS)もいる。
クラインフェルター(KS)なんかだとXXYだし、XXXとかXYYとか言う人も世の中にいるのです。

私は、ちょっとちがってXX/XYモザイク型。
普通の人だと遺伝子はどの細胞でもおなじなのだけれど、私の場合2種類の細胞がある。
体の中に(遺伝的)男性と(遺伝的)女性が同居してるかんじ。

遺伝子だけで見ると、男の子でも女の子でもない性といえるけど、
あるいみ男の子でも女の子でもある性なのかもしれない。

私の場合は、それでもXYが優勢で遺伝子的にはどちらかといえば男の子に近い。
でもでもでも、発現型やホルモンなどは女性側より。
うちの家系は、両親ともに女子家系で女性が強いからでしょうか?あせる

私にはチン○もあるけど、睾丸がある位置に正常でない細胞の塊があって
卵巣子宮は不完全に存在し、妊娠は不可能だけどいちおう生理もある。
これがのちのち、苦労のネタになってしまうのですけれど。

遺伝子と心は必ずしも一致するとは限らない。
けれども性ホルモン(通常の場合遺伝子の性ホルモンが優位であるけれども)とはある程度の
かかわりがあると思う。

たとえば、男の子を妊娠中の妊婦さんが男性ぽくなったりするのもそんな理由なのかもしれない。

だけど、それは根本的な心の性別とは違うのだけど……。
これだけあっち行ったりこっち行ったりしてるワタクシ。
自分というものはわかってるつもりだけど、どういう心をもってるのって言われると困るのです。

普通の男女にもオトコノコな部分とオンナノコな部分が同居してるように、
私にも男女の心が同居していて、常にせめぎあってる感じ。
でもでも、ある人に言われてこう考えた。

「女子で生きるほうが、自分は受け入れやすい」
男の子で生きると、疎外感とか嫌悪感が強すぎるって。
その選択肢は今でも間違ってないと思う。


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私が女子になったとき(見聞編)

私が女子になったとき(見聞編)

私が女子になったとき(受難編3)の続きです。
私が女子になったときはこれで最後。

スポーツ!

スポーツ。っ言うか運動なわけですが、男女差が大きいなって感じました。
もともと運動はあまり得意ではなくて、一部の競技以外は男の子の中で相当低かったのですが、
女子の中に入ってしまうとそうでもない感じ。
小学校高学年って、女子のほうが運動能力が上っていうじゃないですか?
あれれーなんておもってると……。

男子 = 必死でやる
女子 = 楽しくやる

っていう感じの図式が見えてくることに。
男の子社会だと必死にやらないと、なんだか仲間はずれにされるーって感じでしたが、
女の子社会だと、話の輪に入らないほうがヤバイ。

それに気づかなかった最初はずいぶん変人扱いされたんじゃないかと思いますね。。。。^-^;


精神年齢差

外国の人は日本人より大人なこともあるのかもしれませんが、
小学3年(日本男子)→小学4年(豪州女子)の間に精神年齢が5歳くらいあげなきゃいけない感じで、
ふはー、みんな大人ーって感じでした。
恋バナなんかもすっごく大人な恋愛で、キャーとか叫んでたかも

もともと私は子供っぽい性格ではあるんですけどね

もともと女子と遊ぶことが多かったからかな、比較的この辺は適応早かったとは思うのですが
それでも女の子っぽい男の子と女の子の違いはやっぱり大きいなって思いました。


次回は、心と遺伝子と。という題で私の遺伝子とかを語ってみたいと思います。
その次は、私が男子になったわけ。かな。

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私が女子になったとき(受難編3)

私が女子になったとき(受難編3)

私が女子になったとき(受難編2) の続きです。
受難編は今回で最終回。次は見聞編にしよっかなって思ってます。

言葉がわからなーい

本当に難しい問題です。
もちろん英語だからわからないのもありましたけど、アクセとかメイクの名前がわからないのですあせる
今なら笑っちゃう話なんですけど、
「チークが」
チーークってなに?カンニング?(それはチートだ、昔の私)

さらには
「○○が」
なにそれ?ってゆーかなにご??
なんていうのばっかり。

言葉がわからないせいにして、家に帰って調べて、次の日には知ってるふりしてるかんじ。

第2次性徴が

受難とはちょっとちがいますが、私にも第2次性徴が遅れながらもでてきました。
先月まで男子やってた私も、胸がでてくるし、
(女子やってるんだから別に問題はないのですが)この変化には正直惑いました。
ってゆーか、サッカーしたとき胸にボールが当たって、涙が出た。
なんてこともありました。

男子的第2次性徴は、この時まだまったく出てこなかったのは、あるいみ幸いだったのかもしれません。

そんなわたしも

だんだんに慣れてきて、違和感はなくなっていったと思います。
最初はすっごく覚えなきゃだったけどね。

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