モネは目に過ぎない、しかし、なんという目だろう! | 西洋美術の楽しみ方_ルーブルの魔女からの伝言

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絵画鑑賞をもっと楽しく!絵の意味が分かる!


昨日は、パーフェクトプログラム(2nd-stage)の第4回「見えるものを描く・見えないもの描く」でした。

 

2nd-stage(全4回)は、私のご提供している講座の中のひとつです。


絵画に何が描かれているかという「テーマ」を主に扱うのが「1st-stage」、

「どう描かれているか」という技法を主に扱うのが「2nd-stage」です。






 

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見えるものを描く、見えないものを描く・・・


このテーマに沿って、絵画の世界を捉えるいくつかの切り口を

お話ししました。

 


 


 

今日のタイトルに使った一文は、セザンヌの言葉です。


 

モネは目に過ぎない、しかし、なんという目だろう!
Ce Monet, ce n'est qu'un oeil, mais quel oeil !




「クロード・モネ」に対する、限りない尊敬と賛美を込めつつも、同時に、

事象を「色と光」という「現象」に分解してしまった印象派への、不満と異議を表明した興味深い言葉として、


印象派以降の絵画の流れを解説する場面で、しばしば引き合いに出される一文です。





「ラ グルヌイエール」モネ 1869年

 

 



 

そもそも、絵画は「見る」ものなので、歴代の画家たちが残した言葉には、


「目」や、「見る」「見える」「見えない」といったことにまつわるものが多くあります。



特に、社会のなかで一定の役割を担って絵画が制作されていた時代から脱却し、個人の思想に基づいて作品が描かれるようになって以降は、

この種の言葉が目につきます。
 

(時代が下って、記録が残りやすくなっているせいもあるかもしれません)




 

「見たことないものは描かない」と言ったクールベ。
 



「出会い(こんにちは、クールベさん)」1854年 クールベ





「見えるものは信じない」と言ったギュスターヴ・モロー



「サロメ」 1876年 モロー





 

先にあげたモネは、思想と視覚現象を切り離し、

色や光そのものと、それらの瞬時の移ろいを、


どれだけキャンバスに写し取れるかということに、生涯を費やしました。





近代以降は、それぞれの思想において、目まぐるしく描かれ方が変わっていくのですが、


中世から近代以前の絵画の歴史を辿っていくと、

 

基本的には、見えないもの(精神・思想)を、見えるもの(物質)を使って表現するためのツールが、絵画だと言えると思います。







昨日は、そんなことから始まって、他いくつかのテーマを扱った2時間でした。
 


(※2nd-stageのセミナーは、1st-stageのセミナーに一定回数以上ご参加いただいた方に限って、個別にご招待しています。)





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講師:内田 ユミ