今日は雛祭りですね。


散歩していたら、梅の花びらが散っていって、見惚れてました。


美しいです。








小さい頃、実家では、雛人形を出していたことがありました。


僕は、ぼんぼりの光を見るのが好きで、綺麗だなーと思っていました。


光も美しいです。









光と言えば、僕が「光るしくみ」をしるのは、物理専攻していた時でした。


そこで「電子」を知ります。


豆電球は、電気で光発します。


キャンプで炭が高温にすると赤く発光するのと同じように、豆電球のフィラメント(発光部分)が発光します。


炭や豆電球が光るのは、電子が飛び出してくるからです。


外部から熱や電気のエネルギーを与えられて光るんです。








電子といえば、二重スリット実験というのが有名です。


電子には「粒子性」と「波動性」があると明らかした実験です。


YouTubeに解説動画もあったので、気が向いたら見てみてください。








電子は「見られてる」ときは「粒子」になります。


電子は「見られていない」ときは「波動」になります。


そんな不思議な性質があるんです。


まるでテストのカンニングをしている人のように、見られているか、見られていないか、によって態度が変わるんです。











この世界の物質すべてには電子があります。










物質の構成している電子は見られているか、見られていないか、によって態度が変わります。


だから物質も見られているか、見られていないか、によって態度が変わるんです。


子供の遊びで例えれば「だるまさんがころんだ」みたいなものです。









電子は見られていると「粒子」を示します。

物質は見られていると「確定」しています。



電子は見られていないと「波動」になります。

物質は見られていないと「可能性」になります。










「見る」というのは、電子の使役です。


人間は「見る見ない」で、電子の濃淡を調節しています。



「見る」のことによって、電子(エネルギー)を集めて濃度を高め「思考」「感情」「物質」を創るんです。


「見ない」のことによって、電子(エネルギー)は淡くなり霧散していきます。











目標をもって努力することは、目標を「見続ける」ことによって、電子を集め、創造しています。


ある意味、努力とは、目標を見続けることです。


ゼロからイチを生み出すためには、たくさんの努力(エネルギーの集中)が必要なんです。










この目標は、ダイエットでも、お金持ちになるでも、悟りでも同じです。


一念天に通ず、という言葉があるけれど、ひたすらに目標を想う必要があります。


目標を見据えて、想いから動いていけば、エネルギーが集まり現実が創られていきます。


そういった「エネルギーのしくみ」が、美しいんです。









悟り、覚醒は「『見る』ことで現実が創られていること」を腑に落とすことです。


こうした「仕組みそのもの」を見破ることです。


そうすれば、この世界は無限の可能性があることもわかります。










「何を見るか」ではなく、「見るという行為そのもの」を見破ることが大事なんです。


人は絶えず、何かを見ています。


不安を見れば不安を創造します。


喜びを見れば喜びを創造します。



それを自覚せず、不安を何とかしよう、とするから苦しいんです。


「見る」から創らているのに、それに気づかないから苦しんです。










電子は、あなたが「何を見ているか」に合わせて、濃淡を変えているに過ぎません。


自分が「見ていないところ」は、ただ漂っているだけです。


あなたは、電子(現実)と「だるまさんがころんだ」をしているだけなんです。











物質は実在していません。


物質はエネルギーが集まり個体となって存在しているだけです。




あなたの思う「自分」も実在していません。


あなたが見てる間だけ「自分」が存在しているだけです。




物質も、自分も、「見てる間だけ」存在しているだけです。


マボロシです。


あなたは現実(電子)と、ものすごい精度の高い「だるまさんがころんだ」をしているだけです。










実在しているのは「無」だけです。


「無」だけが永遠にして、不滅の実在なんです。










今日のお話はここまでにしたいと思います。


読んでいただきありがとうございました。




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