「自分は何のために

生まれてきたのだろう?」


誰もが思春期に考えたことがある

のではないでしょうか。

でも、その答えを得られた人は、

ほとんどいないと思います。

 

今回は、そんなあなたの

ヒントになればと思います。

まずは、『非対立の生き方』高木義之著

から引用します。

 


(引用ここから。改行箇所や赤字入れは、矢野による)

 

アマゾンやアメリカなどの先住民に、
「人は何のために生まれてきたのか?」

と聞くと、彼らは

「楽しみため、幸せのため」

と答えました。

「楽しみは何か、幸せとは何か?」

と聞くと、彼らは

「みんなが楽しいこと、

みんなが幸せになること」

と答えました。

「あなたはどうやって

みんなを楽しませるのか、

幸せにするのか?」

と聞くと、

 

「わたしは、グッドハンター(狩りのうまい人)」
「わたしは、メディスンマン(薬草で病気を治す人)」
と誇らしげに答えました。

彼らは、

みんなを幸せにする自分の役割を

自分の名前として持っています。


その役割でみんなを幸せにすることが、

生きる意味なのです。

 

彼らは、いつも

みんなの生きる「役割」や「価値」を

実感して生きています。
(引用ここまで)

 

 

役割


「すべての役割から解放されたとき、
人は真の幸福と自由を

手に入れることができる」

西洋の心理学者や哲学者には、
そう唱える人が多いです。

私は、この考え方より、
ネイティブアメリカンたちの
考え方を支持します。


「そんなこと言っても、
母親らしく社員らしくとか思うから、
つらくなるのよ」

「わたしなんて、何の取り柄もないから、
誰の役にも立っていないし……」


そう思われる方もいらっしゃると思います。

ネイティブアメリカンは、
部族の皆がその人の役割を認めたときに、
大人の名前を与えられ
ます。

グッドハンター、メディスンマン、フィッシャーマン(釣りのうまい人)、グッドクッカー(料理のうまい人)など。

もちろん、
本人もその名前をもらうために
大きな努力をします。


そして、耳の聞こえない人を

「よく見える人」、

 

目の見えない人を「よく聞く人」、
足の不自由な人のことを

「手の器用な人」「腕の強い人」
と呼ぶのだそうです。

これは、単に短所を長所に転換している
のではないと私は思います。

耳の聞こえない人、目の見えない人、

足に障害があって歩けない人……

そういう人たちが、
自分の障害を嘆くのではなく、

自分が持っているもの
自分にできることを
鍛え高めることで
部族の仲間に貢献しよう
と努力している。


その姿に、部族の人たちは、
勇気をもらっている。

つまり、「行動」だけなく、
「存在」自体でも、
人々の幸せに貢献している。


「行動」だけではないし、
「存在」だけでもない。

「行動」と「存在」の両方で、
人々の幸せに貢献している。


それをネイティブアメリカンたちは、
その人の「役割」と認めている
のではないでしょうか。


私が目指す社会も

ネイティブアメリカンと同じ。

自分の役割を知り、
自分の役割を最大限生きることで、
みんなを幸せにする。


ここでいう「役割」とは、
「行動」で示されるもの

だけではありません。

 

その人の「存在」そのものも含まれます。

「行動」だけではないし、
「存在」だけでもない。

「行動」と「存在」の両方で、
人々の幸せに貢献する。


それが、「自分らしく生きる」

ということだと思うのです。
 

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