インドネシアでわたしがする10のこと

1を求める前に10を与えよ。

18歳の時にインドネシアと出会い、

22歳の時にインドネシア人の夫と出会い、

28歳の時にインドネシアへ移住。

わたしの人生に多くの影響を与えたインドネシア。

インドネシアという国全体に大きな影響を与えることはできないけれど、

わたしがこの国のために、この国の人々のために何かできることがあれば、

どんな些細なことでもいいから始めてみよう。

…そんな思いから、このブログを立ち上げました。

現時点では、インドネシアで、

1. 日本語学校

2. 日本への研修生送出し事業

3. 特別なニーズを抱える子どものための学習センター

4. MINORIブランドの開発

という4つのプロジェクトを進行中です。


そして、この4つのプロジェクトを、私たち夫婦の将来的な目標である、


「インドネシアで特別なニーズを抱える人々の社会的自立を支援する事業」


につなげていきたいと思っています。


テーマ:

ご無沙汰しております。


8月18日に7年間勤務した会社を退職し、正式なビザの手続きを経て、

10月より夢に向かって新たな一歩を踏み出しました。


このブログは思いつくままにいろいろなことを書いてきて、

それはそれで楽しかったのですが、今後はより自分の夢を実現する

ためのステップに焦点を絞った記事を書きたいと思います。


現在は、会社員との二束のわらじではなく、正真正銘の自営業と

なりましたので、これまではっきりと書けなかったことも書けるようになりました。


このブログに既に書いた記事を消してしまうのはもったいないので、

当分はこのままにしておくと共に、もう一つ新しいブログを立ち上げようと

思います。(amebloでは無いのですが...)


タイトルは当ブログと同じ、

インドネシアでわたしがする10のこと


今後ともよろしくお願いいたします。


Minoriこと 木暮七絵

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先週日曜日、日本の母から携帯メールが入った。


「今から中国障害者芸術団の公演を見に行ってきます」


母は人形作家であるが、その母の先生である芸術家の方は、

この公演を見て感動し、80歳という年齢で、地方までいわゆる

「追っかけ」をしたそうである。


そして公演が終わった直後の母からの携帯メールには、こう書かれていた。


開幕と同時に涙が溢れて目が痛いです。

両脇のスクリーンに言葉が現れ、日本語のナレーションが…。

それでやられてしまいました。

~彼は闇を知りません。光をみたことがないから~

…目の見えないピアニスト、車イスのソプラノ歌手、耳の聞こえないバレリーナなど。

見事な演出。心を揺さぶる技術は圧巻です。


芸術家である母をここまで感動させることができるなんて、

どんな団体なのだろう…と思い、Webサイトを探してみた。


中国障害者芸術団日本公式ウェブサイト

http://mydream.ne.jp/index.html


中国障害者芸術団は、団長および団員104名、そして芸術監督、舞踏・音楽監督の

全員が障害者です。目の見えない者、耳の聞こえない者、身体に障害のある者が、

夢の実現のために一丸となって作り上げました。


こんな紹介文で始まる「芸術団の紹介」のページ。


何よりもまず驚いたのは、芸術団の名前に「障害者」という文字が入っていることである。


「障害者」という言葉には、悪いイメージこそあれ、決して良い意味では使われない。

最近は「障害者」を「障がい者」と表記するなどの動きもあるほどである。

それを敢えて、この団体は「障害者」と堂々と名乗っている。


それは、やはり「自分自身に誇りを持ち、自分を信じ」ていることの現われなのでは

ないかと思う。


それを証拠に、この団体は、中国で昔から続いてきた障害者団体に対する補助金

を一切放棄し、公演による収入によって社会で自立し、また、公演収入の中から

積み立てた資金で「私の夢」という基金まで設立する、という奇跡を成し遂げたのである。


出演者のいきいきとした表情。

それでいて決して妥協を許さない、質の高い芸術。


ウェブサイトを見ただけで、涙が溢れそうになってしまった。

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MINORIブランド第二弾として、以前からBatikで浴衣を作りたいと思っていた。


ところが、一般的にBatikとして広く知れ渡っているモチーフは、茶色っぽくて

地味な場合が多く、下手をすると渋い感じがでずに、暗いイメージになってしまい、

コーディネートがなかなか難しい。


そんなことを考えていたある日、何気なく入った自宅近くのレストランで1枚の

チラシを見つけた。


「子どものBatikファッションショー」


これだ!と思った。MikiにBatik浴衣を着せて出場してみることにした。

たとえ賞は取れなくても、Mikiにとってもいい経験になるだろうし、

Batik浴衣の反応も見ることができる。


ファッションショーは1週間後。

早速布を探しに出掛け、現在MINORIから送出している研修生の縫製指導を

担当しているReniさんと、浴衣作りを開始。


Reniさんは日本の高級下着の縫製工場で3年の研修を終えて帰ってきたばかり

で、先日アップしたBatikエコバッグ も、彼女の作品である。


もともと浴衣の作り方の本は買ってあったので、日本語の分かるReniさんと

一緒に、あーでもない、こーでもないと、型紙を作り、布を切って、

それをつなぎ合わせ…。


そして前日の夜、なんとか完成!したはいいのだが、浴衣作りに夢中で、

Mikiにはファッションショーでの歩き方やポーズの練習を全くしていなかった。


そして当日のショーを見てびっくり!

日本では恥ずかしがるのも愛嬌、逆に恥ずかしがらない方が子どもらしさが

なくていやらしい、と(少なくともわたしは)思うのだが、インドネシアでは違った。


大人も顔負けに腰をクネクネ、お尻をフリフリ。

極めつけは上目遣いでなまめかしいポーズ!


いくら賞を競うものとは言え、浴衣を着てそんなことをやったら、逆に日本の

女の子らしさが台無しだと思ったので、Mikiには


「心配しなくていいよ。普通に、いつも通り歩いてくればいいからね」


と言ってステージに送り出した。


結果は、6位(Harapan Tiga)のぎりぎり入賞。


インドネシアでわたしがする10のこと-yukata


それでもMikiにとっては非常にうれしい出来事だったらしく、

会う人会う人にトロフィーを見せて自慢していた。


そして以前は「ドーナツ屋さん」が将来の夢だったMikiの、

現在の夢は…


ファッションデザイナー!!


Minoriブランド開発のために始めたことではあるが、今回のファッションショー

は何よりもMikiにとって、いい経験になったのではないかと思う。

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