あまりに突然の復活に驚きました。パティ・スミスの実に9年ぶりのアルバム「ドリーム・オブ・ライフ」です。音楽活動からは引退したとばかり思っていたので、本当に驚きました。ただし、次のアルバムまではまた8年、キャリアの真ん中にぽつんとたっている孤高の作品です。

 スミスは元MC5のギタリスト、フレッド・ソニック・スミスと結婚してミシガン州の田舎に引っ込んでしまいました。そうして二人の子どもに恵まれ、幸せな家庭生活を送っており、詩人としての活動は続けていたものの、音楽の世界からは半ば引退していました。

 フェミニストの星でもあったスミスですから、この主婦業への専念は大いに批判を受けたそうです。しかし、それは狭量な批判というものです。スミスの場合、社会から強制されたわけではなく、自由意志で主婦を選んだということでしょうから、選択の自由の行使です。

 本作品を発表するに至った経緯はつまびらかではありませんけれども、1988年は米国大統領選挙の年でもあったことが一つのきっかけかもしれません。本作品からのリード・シングル「ピープル・ハヴ・ザ・パワー」はまさに選挙に向けたアンセムです。

 今回のプロデューサーは「イースター」を担当したジミー・アイオヴァンと夫であるフレッド・ソニック・スミスの二人です。フレッドは全編にわたってギターを弾いており、本作品はスミス夫妻の共同作業で制作されたと言ってよいアルバムです。

 バンドは以前のパティ・スミス・グループから、ジェイ・ディ・ドゥーティーとリチャード・ソールの二人が参加していますが、レニー・ケイとアイヴァン・クラールの二人は参加していません。バンドの中心だったケイの代わりを務めるのがフレッドというわけです。

 フレッドはパンクの元祖MC5の出身ですけれども、ケイに比べれば圧倒的にロックの王道を感じさせる堂々たるギターを聴かせます。このことが本作品の性格を決めているように思います。王道のストレートなロック・サウンドを堪能させてくれるアルバムになりました。

 パティ・スミスは詩人としての評価が高いですし、そもそもパンクの女王とされていましたから、王道のロックとは一線を画しているように思われがちです。しかし、実はパティ・スミスほどロックの力を信じている人もいません。スミス夫妻と言った方がよいかもしれません。

 「ロックは公民権運動や反ベトナム戦争のBGMだったのよ。そういったロックの可能性を思い出すことはとても大切だと思う。『ロックは死んだ』と言う人がいるけど、そうは思わない」。小野島大氏が紹介しているパティ・スミスの言葉です。

 パティのこの発言はポジティブなエネルギーにあふれた本作品に最も相応しいと思います。夫婦と二人の子どもの幸せな家庭を背景に、将来への憂いもなく、ロックの力を信じて、まっすぐに音楽に取り組む夫妻です。堂々としたメインストリームのロック・アルバムです。

 「ピープル・ハヴ・ザ・パワー」を始め、子どもの名前をタイトルにした名バラード「ジャクソンの歌」やまさに人生の夢を歌ったタイトル・ソングなど前向きな名曲が並ぶアルバムは、三たびロバート・メイプルソープの写真に飾られ、とても幸せな作品になりました。

Dream of Life / Patti Smith (1988 Arista)

参照:「ロックがわかる超名盤100」小野島大(音楽の友社)



Tracks:
01. People Have The Power
02. Going Under
03. Up There Down There
04. Paths That Cross
05. Dream Of Life
06. Where Duty Calls
07. Looking For You (I Was)
08. The Jackson Song

Personnel:
Patti Smith : vocal
Fred "Sonic" Smith : guitar
Jay Dee Daugherty : drums, keyboards
Richard Sohl : keyboards
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Bob Glaub, Gary Rasmussen, Kasim Sulton, Malcoom West : bass
Andi Ostrowe, Robin Nash : chorus
Errol Bennett, Hearn Gadbois, Sammy Figueroa : percussion
Jesse Levy : cello