くずかご。 -2ページ目

秘密

「秘密を話そう。それはそれは美しい、秘密だ。」
思えば彼は、そう言って世界を汚した。私は彼の秘密が知りたくて、彼の声の届く場所まで近寄った。彼はいつだって私に秘密を話したし、私はそれを聞く度に満足した。
彼は記憶力がよくて、私はいつもお気に入りの話しをくりかえして貰った。
それはたった五文字で終わるので、彼のその声を聞く為にあるような秘密だった。
彼はそれ繰り返し、私はいつしか眠ってしまうのだ。

大人になると、彼はもうその言葉を言わなくなった。私は悲しくなって、泣いた。

私はそして、それが嘘だということを、知った。

雨がふる。

 雨が降って、雨以外にも存在するはずの外の音が流れ落ちてゆく。
「傘、持ってないんだよね。」
 彼女は僕の冷蔵庫を開け、ビールを取り出した。
「ビール好きだっけ」
「嫌いだけど」
「僕にも一本、ちょうだい。」
 彼女は二本の缶を持って、僕の寝ているベッドに座った。気持ちのいい音がして、缶のふたが開けられる。僕は起き上がってその缶をもらって、唇をつけた。
「どうしよう?」
「どうもこうも、こう土砂降りだとね。」
 雷まで鳴って、ご苦労なことだ。僕は彼女に返事して、ビールをもう一口飲んだ。全然おいしくない。本当のところ、僕だってビールがあまり好きではない。
「雷、怖くないの?」
「怖くないよ。」
「私は、少し怖いなぁ。」
 彼女は嫌いだと言ったビールを景気よく煽って、そう呟いた。軽くそれをゆすいで、ゴミ箱にそれを投げ入れる。
「あぁ、そう。借りてた本。」
「あぁ、そこ置いておいて。」
 彼女は本棚の上にそれを置いて、鞄を手に取った。
「帰るの?」
「居たってやること無いよ。」
「でも雨だよ。」
「雨だけど。」
「通り雨だよ。きっと。」
 
「居たってやること無いよ。」

soda.

 炭酸が、水に溶けてゆく。炭酸は二酸化炭素だから、炭酸が全部抜けてしまったら、地球が温暖化したりするのだろうかと、馬鹿な事を考えながら。ゆっくりかき混ぜると、残った炭酸が水面まで上ってきて、消えた。
 向かい側に座る人の、声がする。なんとなくフィルターがかかって、大事な部分が聞き取れない。しゅわしゅわと、ソーダの音だけが耳に残る。
 私はにっこり笑ったつもりになって、のどに張り付く甘さのソーダを飲み干した。少し氷が溶けたのか、水で薄まったそのソーダは、それでも涙が出るくらいの刺が残っていた。
 

ピアニストの指

 殆どのピアノ曲は指が10本あることを前提に「描かれて」いるので、その曲も例外なく楽譜が音符で黒くなっていた。
 青年は、他のピアニスト候補たちと同じように指が10本あったので、別に何とも思わずに課題曲として渡されたその曲を一度読んでみた。ところどころ難しいな、と思ったが、まぁおおかた大丈夫だろうとその楽譜を譜面台においた。彼は非常に勤勉なピアニスト候補であったので、一日何時間もピアノの前に座って練習を続けた。
 しかしある日の事、目が覚めると左手の親指が無くなっていた。どうしてだかは解らないが、とにかく無くなってしまったのだ。彼は少し不安になったが、無くなってしまったものはどうしようもないと思って、親指なしでその曲を弾けるようにと練習した。なんて事だろう。親指が無いだけで、こんなにも弾きづらい。
 次の日には、右手の薬指が消えていた。彼は医者に相談したが、医者も原因が分からなかったので、彼はますます不安に駆られた。夢中になってピアノを弾いて不安定な感情を抑え込もうとしたけれども、不安はかえって大きく成るばかりだった。次の日も、また次の日も指は一本ずつ消えて、彼の指はとうとう6本だけになってしまった。
 彼は今日こそ指の消えるところを見ようと思って夜中ずっと起きていた。そして夜中の3時になると、一瞬なくなった指が全部戻ってきたような感覚に陥った。彼は驚いて自分の指を見てみると、指は全部で5本に減っていた。彼は泣き出してしまった。
 しかし、彼はある事に気がついた。ピアノの前に座って五本の指でピアノを弾いていると、失った指で弾くはずの音ががどこからかあふれてくるのだった。彼が途方もなく絶望したことに、その音は彼が思い描いていた音とすっかり同じだった。しかし彼は、努力してもその音を得ることは無かったのだ。しかも、残った指で弾く音がどうがんばっても思い通りの音が出せないので、彼はもっと絶望して、自分の指を呪った。
 彼は思わず泣き出してしまった。泣きながらピアノを弾いたので、彼の黒いズボンにはすっかり涙の跡がのこってしまった。
 とうとうテストの日、青年の指はたった3本になってしまった。その指を見て教官たちは驚いてしまったが、彼がすっかりあきらめた様子で椅子に腰掛けたのでさらにびっくりしてしまった。それから、彼があんまり完璧に曲を弾くので、とうとう教授たちは演奏を終えた彼に声をかけるに至った。
「君、どうしたのかね、そんな指で、どうして曲が弾けるのかい。」
「それは、自分にもよく分からないのです。教授。気がついたら、音があふれてきているのです」
 青年は正直に答えたが、教授たちは信じろうとせずに、彼にもう一曲弾くようにと要求した。彼はあきらめて椅子にこしかけ、弾き始めたが、結果は先ほどと変わらず完璧だった。
 しかし、彼はこの時気づいてしまった。指は無くなったのではない。指は彼の躯の中に入り込んでしまったのだ。無くなった指は、彼の体の中で曲を弾き続けているのだと。
 彼の指は二本に、一本に、そしてゼロ本に成ってゆく。彼はその度に理想に近づけるのだ。
 


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説明は、不可能です

永遠を、

Forever, and ever.
Halelluja!

 彼は、自分はもう何世紀も生きて居るんだよ、と言った。それはとても嘘のようで、私は鼻で笑ってしまった。彼はそういった無礼を気にもとめずに、話を続けた。

「ほんとうの永遠を知らないから、君は永遠を歌えるんだね。」

 彼の言う言葉を理解できずに、黙って居ると、彼はにこりと微笑んだ。
 私はゆっくりと今日歌った曲を思い浮かべた。誰もいないレストラン、照明は落とされて、ろうそくの炎で世界が揺れる。向かいの席に座った老人はワインのグラスを傾けた。

「私はね、君みたいに才能がある人間が好きだ。私には、ないからね。」
「はぁ。」

「永遠なんて、糞だよ。」

 神が居たら、こう思うのか、と、思った。
 だとしたら、賛美歌を歌う意味は何なのだ。
 歌を歌う意味は、何なのだ。

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And he shall reign forever and ever,

こいのうた

 彼女の声は美しかった。あまりにもすんなりと耳に届くので、時には彼女が頭に直接話しかけているかと思われる程だった。彼女が声を発しているときには、人はその声に集中するために目を閉じた。国語の時間に、立って本を読まされているときなどは、うっとりとクラス中が聞き入るのだった。
 彼女は歌を歌うのも得意だった。柔らかく響くその声は、講堂中に響き渡るので、全校生徒が、朝礼のある火曜日と木曜日を心待ちにしていた。彼女が歌うからだ。
 今日の歌は、いつも通り賛美歌だった。彼女はこの歌が嫌いだったが、全校生徒はそれでも聞き惚れた。非常に凡庸で、単調極まりないこの歌でも、彼女は人々を感動させた。
 彼女が嫌いなのは何もその曲ばかりではなかった。殆どの歌は大嫌いで、全校生徒の前で歌わなければならないのも大嫌いで、自分の声も、本当はあまり好きではなかった。彼女は何度か声を変えようと、わざと低い声で話してみることなどを試みたが、どうにも上手く行かなかった。
 しかし、彼女には一曲だけとても好きな歌があった。本当は毎回その歌を歌いたいと思っていたのだが、音楽の先生はそれを許してくれなかったし、彼女はその歌だけはどうしても上手く歌うことが出来なかった。彼女はその理由をいくら考えても思い浮かばなかったし、そもそもあまり考えようと思わなかった。考えてもどうしようも無い、と思っていたからだ。
 ある日、学校の音楽教師は彼女に国の声楽のコンクールにでないかと提案した。彼女ははじめ拒否をしたが、音楽教師があまりにもしつこく言うので、とうとう彼女は折れた。そうして彼女は山奥の小さな女子校を代表して、首都に行くことになった。
 この学校は全寮制であったので、彼女は全校生徒とシスターと教師に見送られて音楽教師と旅立つことになった。彼女はいってまいります、とふかぶかとお辞儀をし、馬車に乗り込んだ。首都までは、2日かかった。
 その間音楽教師は、細々と彼女の世話を焼いた。彼女はいちいちそれに感謝しながら、2日間を過ごした。馬車の中は居心地が悪かったが、音楽教師のおかげで暖かく柔らかい寝床が用意された。彼女はそこに横になって、空をながめながら寝る。「寮の天井もせめて窓があれば良いのに」と呟いた。
 首都に着くと、彼女はあまりにも何もかもが違うので驚いてしまった。たとえば彼女は、同じ年頃の男の子を見たことが無かったので、不自然な事に、男はおじさんかおじいさんしか居ないと思っていたのだ。音楽教師は色々なものに目を奪われている彼女の手を引き、コンクールの会場まで連れて行った。
 その日は予選だったので、彼女はまったく緊張しなかった。見事に課題曲を歌い上げ、予選を突破した。次の日も、次の日も、彼女は伴奏をつけずに歌った。いつも大きな都会式の拍手をもらった。夜に音楽教師が「明日が決勝ですよ」と伝えたとき、彼女は決勝では一番好きなあの歌を歌うことに決めた、と音楽教師に伝えた。音楽教師は少し不安そうな顔をしたが、彼女の思うとおりにさせようと思った。
 次の日、彼女が舞台の上に立つと、人々の目が一斉にそちらを向いた。彼女が最初の一音を発すると、それらの観客は、じっと目を閉じた。彼女の声はいつものように柔らかく響いた。観客は彼女の声を一音も聞き漏らさないようにとじっと耳に神経を集中させていた。
 彼女は、初めてその歌を上手く歌う事ができた。同時に彼女は、涙を流した。それは、恋の歌だった。彼女は、自分がもう賛美歌を歌えなくなっていることを悟った。だから、泣いたのだった。

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だってシュペリヴィエルがすきなんだもの!!!


つきのきれいなよるに

月が壊れたら、歯車が降ってくるでしょう。
ご存じの通り、世界は機械で出来てるの。


夜になると、追ってくる、機械仕掛けの月の影。
あっちにも、こっちにも、逃げられずに立ちつくすしかなく

四角く天に伸びる建物、軋み行く世界には
きっと潤滑油が必要で、もうそろそろ回らなくなる


シルクハットを被った紳士がつぶやく

「今日は月が綺麗です。」

だから何。

「今日は、月が綺麗です。」


同じ声で響く


私は逃げ出したくなったので、ビルに上って飛び降りた

まぼろし

幻を見る話をしよう。
くるくるリズミックに
回る円盤はそこらここらに
ぴょこぴょこ出てくる
XXXX。
あれは何。


 朝、目が覚めると、今まで見ていたのが夢であることを確認した。夢から覚めた夢、夢から覚めた夢から覚めた私。本当に今は起きているのか、それは誰にも解らない。解らないけど。右手の指を見る、五本ある。さっきは六本あった。
 白昼夢、白昼夢は幻なのか。道を歩いているはずなのに、いろいろな花が頭から降る。赤、黄色、紫。頭から花が降る。ガーベラ、スミレ、黄色いバラは嫉妬の象徴。
 私の頭から植物がめきめき育つ。一瞬にして消えるイメージ。それは世界、或いは他の何か。空は球体に、球体じゃない空なんてどこにあるのでしょう。私は夜を見る。
 海に沈んでゆく町はきっと美しい。

 ではこれが幻ではないと、誰が証言するのか

「幻じゃない」

 むなしく。


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短い。
 

呼ぶ声

 今日も外から私を呼ぶ声が聞こえた。いつもの女性の声だ。もう家を出ないで半年もたったのに、誰が私を呼ぶ用事なぞあるのだろう。一緒に暮らす母親ではないし(もっと若い)近所の悪ガキでもなさそうだ(もっと落ち着いている声だ)。
 私はそとに出る気にも窓の外をを見る気にもなれずに毎日ぼーっと過ごしてしまう。でもいつも夕方五時頃になると、その声が聞こえる。
 その声はしっかりと、私の耳に届く位の大きさで、くっきり発音されているので、ポルターガイストとかそっちの方面を考えていた私にも、それは違う、と否定することが出来た。

「誰」

 とつぶやく。相手には聞こえないと思ったのに、いつもより去ってゆく足音が遅く感じた。気のせい、気のせい。聞こえたわけがない。私の声なんて。
 本当は、小学校にいなければならない時間帯にのそのそ起きる。パソコンをつけ、ぼーっといろいろ見る。私は学校に行きたくなくなったので行っていない。
 理由は、思い出したくないのでおもいだせない。
 ぱたぱたキーボードを叩いてブログを更新する。ネットの世界では、私は14歳という事になっていて、中学校でいじめに遭っていて学校に行っていないことになっている。こんな日記、誰も見ていないけれど、とりあえず私には想像の限りけちょんけちょんに出来る自分ではない自分が必要だったし、その理由も明らかにあった。
 結局私は自分が嫌いなだけだ。ただ自分を嫌いになれる勇気がないだけで、そんな架空の人物を作っては自殺に追い込む。本名のアナグラムだから、解る人は解るかもしれないけれど、そんなのそれがアナグラムであることが解る人しかいない。
 そんなこと解ってる、解ってる、解ってるけどでも、知らない振りをしていたい。
「ピンポン。」
 母親も働いているので、玄関に出る人物がいない。いつもは出ないけど、なんとなく今日は出てみようと思った。
「はぁい。」
 不機嫌な口調でドアを開けると、そこには女性がいた。
「あの、たかはしかなさん?」
「あ、はい、そうですが。」
「ちょっと、お話があるのだけど。」
「あ、じゃあはい、どうぞ、あがってください。」
「あ、お邪魔します。」
 私はすぐに、その人が五時の女の人であることが解ったが、それも話のうちにあるだろうと思ってとりあえず彼女を家に上げた。

「番茶で良いですか。」
「あ、お構いなく。」
「お構いなくってもつくっちゃったんでどうぞ。」
 引きこもっていると無駄に家に詳しくなる。
「それで、お話って何ですか。」
「あのね、ブログを見たの。」


 彼女の言葉は一瞬、意味を持たずに、私に降りかかってきた。私はそれを払いのけるのに精一杯で、彼女に対する防衛策がとれなくなった。

「びっくりしたわ。程度はある程度ちがっても、私の日常について書かれているみたいなんだもの。」
「…はぁ。」
「しかも私の名前そのままだわ。」
「え?」
「あ、そう。私高梨花。」

 私が使っていたハンドルネームだったので、どうしていいか解らなくなった。

「あの、ごめんなさい。」
「いいのよ、別に。無意識でしょう。」
「はい。ホントにいるなんて、考えなかったので」
「でしょうね。」

 彼女はお茶をすすった。それにしたって、何故ここが。

「何故ここが解ったのか、不思議に思うでしょうね。」
「はい。」
「私ね、実はもう…。」


 ぱ、とそこで目が覚めた。
 実はもう?実はもう?
 続きは何だろう。
 死んでいる、のか?
 だから夢枕に立ったのか?

 空想上の人物が夢枕に立つなんて、可笑しい。
 私はおそるおそる食卓に降りてゆくと、まだお茶碗が二つ向かい合っていた。夢じゃない、夢じゃない、夢じゃない。私は怖くなった。急いでパソコンをつけてみると、ブログが勝手に更新されていた。
 
 高梨花の遺書が載っていた。



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久々の更新。
ちょいちょい書いていたら一週間ぐらいたっていました。
最近忙しいので、
時間感覚がおかしいのです。


 

眠眠打破

 何故人は眠らなければならないのか。

「眠い…。」
 
 午後2時、化学の授業中。窓の外は容赦ない日差しを受ける木々。私だったら枯れそうだ。
 シーオーツー、エイチツーオー、エヌエーシーエル、シーオーツーシーオーオーエイチ。
 カタカナは呪文に聞こえる。本当はアルファベット?もっと呪文だ。
 暇つぶしに彼女を見る。
 私の斜め前の一つ前に座る彼女。黒髪を束ね、授業を聞いている。いや、実際は聞いているのか、聞いていないのかは実際分からない。私だって何をするでもなくぼーっとしているけど聞いていない訳だし。

「はい、小金井さん。」

 彼女が当たった。前から三番目なので、あたりやすいのかもしれない。
 
「………。」

 彼女は呪文のような言葉を唱えたが、先生が微笑んだのでどうやらそれが正解のようだった。


 気がつくと、授業が終わっていた。寝ていたわけではないけれど、聞いてはいなかったわけで。日直の「きりーつ、礼」が掛かって「ありがとうございました」と無意識のうちに言う。教室ががやがやし始めた。

「ねぇ。」

 彼女が私に声をかけた。

「え、あ、なに?」

 私はあまりに不意のことだったのでとまどい、狼狽え、なぜか立ち上がった。

「授業中、こっち見てたでしょう。」
「あぁ、うん。」
「やっぱり。視線を感じたんだよね。」
「ごめん。」
「なにか言いたいことでもあるの?」
「え、あ、あの…。」

 ちょっと口ごもると、彼女は首をかしげた。言うべきか言わないべきか。

「なんでもない、眠たかっただけ。」
「そう、じゃあ、これあげるわ。」

 彼女はポケットからミント系のガムを出して私に差し出した。

「体温で暖まってて気持ち悪いかもしれないけど。」
「やめてよ、そういうこというの。ありがと。次、英語だっけ?」
「そ、席移動。」

 彼女は席に戻って英語の教科書を出し、出て行く他の生徒の机に座った。
 英語は、クラスのなかでクラス分けがされている。
 ガムを口に含むと、冷たくはなかった。こんなもので目は覚めないけれど

 少し幸せな気分になったので、次の授業は起きていよう。



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マリみてに嵌り、
百合にも嵌りつつあるのです。
出身女子校ってのも
あるよ、絶対。