こいのうた | くずかご。

こいのうた

 彼女の声は美しかった。あまりにもすんなりと耳に届くので、時には彼女が頭に直接話しかけているかと思われる程だった。彼女が声を発しているときには、人はその声に集中するために目を閉じた。国語の時間に、立って本を読まされているときなどは、うっとりとクラス中が聞き入るのだった。
 彼女は歌を歌うのも得意だった。柔らかく響くその声は、講堂中に響き渡るので、全校生徒が、朝礼のある火曜日と木曜日を心待ちにしていた。彼女が歌うからだ。
 今日の歌は、いつも通り賛美歌だった。彼女はこの歌が嫌いだったが、全校生徒はそれでも聞き惚れた。非常に凡庸で、単調極まりないこの歌でも、彼女は人々を感動させた。
 彼女が嫌いなのは何もその曲ばかりではなかった。殆どの歌は大嫌いで、全校生徒の前で歌わなければならないのも大嫌いで、自分の声も、本当はあまり好きではなかった。彼女は何度か声を変えようと、わざと低い声で話してみることなどを試みたが、どうにも上手く行かなかった。
 しかし、彼女には一曲だけとても好きな歌があった。本当は毎回その歌を歌いたいと思っていたのだが、音楽の先生はそれを許してくれなかったし、彼女はその歌だけはどうしても上手く歌うことが出来なかった。彼女はその理由をいくら考えても思い浮かばなかったし、そもそもあまり考えようと思わなかった。考えてもどうしようも無い、と思っていたからだ。
 ある日、学校の音楽教師は彼女に国の声楽のコンクールにでないかと提案した。彼女ははじめ拒否をしたが、音楽教師があまりにもしつこく言うので、とうとう彼女は折れた。そうして彼女は山奥の小さな女子校を代表して、首都に行くことになった。
 この学校は全寮制であったので、彼女は全校生徒とシスターと教師に見送られて音楽教師と旅立つことになった。彼女はいってまいります、とふかぶかとお辞儀をし、馬車に乗り込んだ。首都までは、2日かかった。
 その間音楽教師は、細々と彼女の世話を焼いた。彼女はいちいちそれに感謝しながら、2日間を過ごした。馬車の中は居心地が悪かったが、音楽教師のおかげで暖かく柔らかい寝床が用意された。彼女はそこに横になって、空をながめながら寝る。「寮の天井もせめて窓があれば良いのに」と呟いた。
 首都に着くと、彼女はあまりにも何もかもが違うので驚いてしまった。たとえば彼女は、同じ年頃の男の子を見たことが無かったので、不自然な事に、男はおじさんかおじいさんしか居ないと思っていたのだ。音楽教師は色々なものに目を奪われている彼女の手を引き、コンクールの会場まで連れて行った。
 その日は予選だったので、彼女はまったく緊張しなかった。見事に課題曲を歌い上げ、予選を突破した。次の日も、次の日も、彼女は伴奏をつけずに歌った。いつも大きな都会式の拍手をもらった。夜に音楽教師が「明日が決勝ですよ」と伝えたとき、彼女は決勝では一番好きなあの歌を歌うことに決めた、と音楽教師に伝えた。音楽教師は少し不安そうな顔をしたが、彼女の思うとおりにさせようと思った。
 次の日、彼女が舞台の上に立つと、人々の目が一斉にそちらを向いた。彼女が最初の一音を発すると、それらの観客は、じっと目を閉じた。彼女の声はいつものように柔らかく響いた。観客は彼女の声を一音も聞き漏らさないようにとじっと耳に神経を集中させていた。
 彼女は、初めてその歌を上手く歌う事ができた。同時に彼女は、涙を流した。それは、恋の歌だった。彼女は、自分がもう賛美歌を歌えなくなっていることを悟った。だから、泣いたのだった。

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だってシュペリヴィエルがすきなんだもの!!!