「ボヘミアン・ラプソディー」を観て | 目からウロコの異文化交流

目からウロコの異文化交流

―日本語教師のつれづれ日記―


テーマ:

昨日、映画「ボヘミアン・ラプソディー」を観てきました。

 

泣いちゃいました汗しかも、ものすごく。

QUEENのボーカリスト、フレディ・マーキュリーがグループ(当時はSmileという名)に参加するところから面白くなっていきます。

 

冒頭でフレディーは職場で「パキ野郎」(パキスタン人のこと、そう訳されていました)とバカにされます。

メンバーとの出会いで、その歯並びでデビューするのかと容姿も揶揄されていました。

 

私は生粋の東洋人しかも日本人なので、その辺りの偏見差別はなんとなく分かります。

短期間だったけれどイギリスとスペインに留学して、あからさまではないけれど私なりにそう感じる場面はありましたから。

 

映画を観始めて、フレディはこんなんじゃない、これは単なるソックリさんだと。

ところが、ヒゲをたくわえ短髪になったあたりから、徐々に本物のフレディと重なってきました。

 

そして最後のアフリカ・エイドの場面では、もうフレディにしか見えなくなりました。

特に向かって左下からのショットは、もうフレディそのもの。

 

スーパースターゆえのフレディの孤独哀しみは、いかばかりであったか。

恋人にバイセクシャルだと告白した後の別れ。

 

男性とのラブアフェア、両親との葛藤、メンバーとはぎくしゃく。

どれだけ悩み多き時間を過ごしたのでしょうか。

 

フレディは彼の孤独や哀しみの全てを自らの音楽に昇華させたんだと思います。

でなきゃ、こんなにQUEENに共感できない。

 

だれもがフレディがエイズで45歳で亡くなったことを知っています。

だから映画の終盤が近づくにつれて、それを予感して切なくなってきます。

 

最後に字幕で流れました。

恋人だった彼女とは生涯の友人だった、男性の恋人とは最期まで一緒だったと。

 

ゾロアスター教の教義にのっとり火葬されたとも。

私にとってせめてもの救いは、フレディは永遠に若くてセクシーでカッコよくて、永遠のスーパースターであること。

 

ジジイになって老醜を晒すことは断じてありません。

いつまでも、あのまんま、伝説になりました。

 

映画はもう一度観に行こうと思っていますほっ

だって、もう一度泣きたいじゃないの!!

 

ペタしてね

きみえさんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス