パワハラで思い出したこと | 目からウロコの異文化交流

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―日本語教師のつれづれ日記―


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今日の午後、夫が出雲から帰ってきて、私のおひとり様生活は終わります。

 

さて、このところマスメディアではスポーツ界のパワハラ問題が度々取り上げられています。

女子レスリング、日大アメフト部、女子体操、そしてここへきて女子重量挙げも。

 

パワハラといじめは受けた側がそう感じたら、そうなんだと思います。

たとえした側がそのつもりはなくても。

 

私自身振り返ってみれば、あれもパワハラ、これもパワハラと思い当たることが多々あります。

その時はとても傷ついて、悲しくて、立ち直るのに時間がかかったものです。

 

こう見えても私はけっこう繊細なんですよウィンク

打たれ強いタイプではないんです。

 

昔はパワハラという言葉はありませんでしたが、実態として確かに存在していました。

今と違うのは、する側もされる側もそれが当たり前だと受け入れていたこと。

 

パワハラを受けた時「どうして?」「なんで私なの?」と理不尽な思いを持つこともありました。

それでも思い直して、私にがあったかもしれないと。

 

あれこれ注意してくれるのは私のためなんだと思うことで気持ちを収めることも。

これが繰り返されると、だんだん自信を失っていくのです。

 

以前勤めていた小さな外資系人材派遣会社では、ハンガリー人の社長によく呼び出されたものです。

私のことをある程度評価してくれていたのは分かっていました。

 

社長室では、あることないこと注意されるのですが言い方が攻撃的でした。

私は人格を否定されているように感じました。

 

涙をこらえながら社長室を出たのは一度や二度じゃありません。

心の中には怒られたという事実だけが残るだけで、言われた内容はどこかに吹っ飛んじゃうこともしばしば。

 

そんなこんなで落ち込んだときに私がしたのは、自分を否定しないで自分を褒めること。

いつもこれが効くとは限りませんけどね。

 

社長は強圧的な人で社員との関係は最悪、だから社員同士は結束するという構図です。

これは社長の意図したことなのか、今となっては分かりません。

 

この会社を辞めたときは全ての呪縛から解き放たれたような気がしました。

このところのパワハラ騒動で遠い過去の記憶がよみがえってきた次第です、はい。

 

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