ベルギーと日本の深い絆

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世界の親日国と言えば、台湾、ブラジル、トルコなどをあげる人が多いと思います。
 

激闘を繰り広げたサッカー、ワールドカップで日本が決勝トーナメントを決めたときの

相手国、ポーランドも、1920年7月から2年の間に765人のポーランド人孤児をシ

ベリアから保護し、日本に迎えた史実をはじめ、絆が深い事で有名です。
そして実はその決勝トーナメント初戦で戦ったベルギーも、日本との間に深い友好

の歴史がある国です。
 

明治26(1893)年、駐日公使として赴任したアルベール・ダネタンは日本を愛し、明

治43年に死去するまで17年間、ワシントンやバチカン公使などの「栄転」を断って

まで日本に駐在し続け、世界における日本の地位向上のために努めました。

日清戦争で日本が旅順港を占領したとき、諸外国では、「日本が現地で一般住民

を虐殺している」となどと人種的な偏見から来る誤った報道がなされました。
このときダネタン公使は、事の真偽を確かめようと調査に乗り出し、べルギー本国

政府に次のような報告書を送って、それらの報道が間違っている事を明らかにしま

した。
「そこに居合わせたフランス武官・ラブリ子爵に会ったが、彼は断言した。殺された

者は軍服を脱いだ兵士たちであり、婦女子が殺されたというのは真実ではないと。

占領の数日前にほとんどの住民は避難しており、町には兵士と工廠の職工たちだ

けであった」

これはほんの一例です。

ダネタン公使の死後も、その夫人、また後を承けたバッソンピエール大使も日本に

深い親しみと信頼を寄せ続けました。

さらに第一次大戦では中立国でありながらドイツに蹂躙され苦衷に立つべルギー

への支援活動が日本国内で熱烈に展開され、一方、関東大震災ではベルギーが

日本にあらん限りの援助を尽くした事など、日本人が知っておくべき日本とベルギ

ーとの友好のドラマは多々あります。

詳しくは是非、明成社刊『私の日本史教室 甦る歴史のいのち』(占部賢志著)

繙いて下さい。(彦星)