飛鳥 岡寺三重塔


 初代が切磋琢磨して莫大な財産を築き、二代目が放蕩の末にそれを使い果たす。これが典型的な二代目没落譚で、西鶴の最も得意とする話である。
 一口に二代目没落譚といっては簡単であるが、一つ一つの話は実に個性的である。西鶴の成功譚といえば、始末(倹約のこと)ということがすぐに思い浮かぶが、何も始末だけで富豪になれるわけではない。富豪になるためには入ってくることが必要で、倹約して出るをおさえることによって十分になるのである。倹約の仕方はほとんどパターンが決まっているが、金がいかに入ってくるかはいろいろな方法がある。西鶴は研ぎすまされたジャーナリストの目で、稼ぐ人間の他と違った創意工夫を見分けるのである。
 西鶴の短い話の中には、注意して読むと、時代の本質を衝いた記述があることに気付く。徳川家康が大坂夏の陣に勝利したいわゆる元和偃武(げんなえんぶ)以降、日本は高度成長期を迎える。その主役は何といっても米である。米の生産量が飛躍的に増えたのである。原動力になったのが、新しい作業道具である。
 農作業といえば鋤と鍬であるが、それ以外にも工夫を凝らした数々の道具が開発された。その一つが稲扱(いねこき)である。これは脱穀するための機械のようなものであり、別名を後家倒しという。それまで脱穀は後家の賃仕事であったのである。稲扱だけでなく、唐箕(とうみの)・千石通しなどの道具も開発された。
 西鶴の「日本永代蔵 巻五 大豆一粒の光り堂」には、今あげた道具を開発した男が登場する。何気なく語った世情の話がその時代の経済の急所を抉りだしたのである。今さらながら西鶴の時代を見る目は恐ろしいと思う。

 大和(現奈良県)の貧しい百姓であった九助は、節分の日に撒かれた豆を「もしかしたら花が咲くのではないか」と思い、野に埋めた。あにはからんや、何と豆は芽を出し成長して青々と茂り、実を付けた。その実の種をまた撒いて毎年刈り取り、十年も過ぎると、大豆が八十八石も取れるようになった。
 これから九助の家は栄え始め、田畑を買い求め、ほどなく大百姓になった。九助は進取の気象に富む男で、次々と新しい作業道具を開発し、農作業を効率化し、大きな利益を生み出した。ついに、大和では誰一人知らぬ長者となった。八十八歳で死んだときには、銀だけで千七百貫目(約三万両)あった。その銀はすべて一子九之助に譲られた。
 九助は稼ぐためにいろいろと創意工夫をしたが、非常な倹約家でもあった。終生、絹ものの着物は着ず、唯一四十二歳の厄年になって初めて絹の褌(ふんどし)を買った。ところがこの褌は少しも汚れが付かず、九助が死んでもきれいなままであった。
 家・土地・現金のすべての遺産は九之助に譲られ、親戚・縁者・古くからの手代には金目のものは譲られなかった。親戚・縁者には九助の使い古しの着物などが送られ、手代には九助が使っていたそろばんが譲られた。
 莫大な資産を手に入れた九之助は、親戚・縁者・手代などにそれ相応の金子を渡し、皆から褒められた。だが、九之助は父親と違って、仕事はそっちのけで遊び呆けた。男色・女色の両刀使いで、大和中の遊郭・陰間茶屋で遊んだ。母親が心配して、田舎の娘を九之助の嫁にもらったが、九之助の遊びは一向に止まらなかった。
 毎日、酒と色に溺れていたため、十年もたたないうちに家は傾き始め、九之助は三十四歳で頓死した。九之助には三人の息子がいて遺産分けが行われた。
 九之助の遺書を開いてみて、一同驚いた。九助から譲られた財産はすべて使われており、おまけに、借金だけが残った。三人の息子には借用書が遺産として譲られた。それらの借金はすべて九之助が遊びのために借りたものであった。かくして、九助の家は没落していったのである。

 九助の家は没落したが、九助は日本の国にたいへんな遺産を残したのである。

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 写真は、奈良県飛鳥にある岡寺の三重塔です。岡寺は、いろいろな諸説がありますが、天武天皇の皇子で早世した草壁皇子の住んだ岡宮の跡に、さまざまな伝説を残した名僧義淵僧正が創建したといわれています。三重塔は、昭和61(1986)年に再建されました。



 ビデオは、蘇我蝦夷、蘇我入鹿の屋敷があったとされる奈良県明日香村の甘樫丘で撮影しました。さくらがひらひらと舞い落ちてきて万葉集の世界に慕っている気分でした。
 また、小倉百人一首にさくらやこの地域を詠んだ詩がありますので、よかったら覚えてください。
● 春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山 持統天皇
● ひさかたの光のどけき春の日に 静心なく花の散るらむ 紀友則
● 花の色はうつりにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに 小野小町
● いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重ににほひぬるかな 伊勢大輔

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