私立小学校に子どもを通わせているママさん達。

中学受験で外から入ってくる子たちは頭がいいと一目置いている反面、どこか不安そうに見えたりも。
プライドもあると思うし、「うちは中学受験しないけど…」と、どこか自分自身を納得させているようにも見える。

「塾に通って勉強頑張ってる子もいるけど、うちは習い事のスポーツをがんばってる」
「中学受験の子が努力してるって言うけど、うちの子もちゃんと習い事頑張ってるし努力してる」

そう言い張るママも、実は何人かいました。

その気持ち、わからなくはない。
でも私は、こう思います。

スポーツと勉強の努力は、比べる土俵がそもそも違う。

もちろん、スポーツだって本気でやったら大変。
技術の習得にも時間がかかるし、継続も簡単じゃない。
でも、スポーツって「好きでやってる」子が多いんですよ。
「やりたい」「楽しい」って気持ちがあるから、頑張れる。

でも勉強は…
とくに中学受験の勉強は、好きでやってる子のほうが少数派だと思う。


今の中学受験って、昔とは比べものにならないくらいレベルが上がっていて、問題の難易度もすごく高い。
そこに親の伴走が加わることで、さらに全体の水準が引き上げられていく。

「佐藤ママ」みたいな存在が出てきて、
「親もここまでやらなきゃダメなのか」と焦り、巻き込まれていく。


結果、子どもたちはできればやりたくないことに対して、やりたいことを我慢して、ものすごい量の努力を強いられている。
それでも頑張ってる。
それが中学受験のリアルじゃないかと。
(全員じゃないですよ)


勉強って、頭だけを使う。
体を動かして汗をかいてすっきりするタイプの努力とは、また全然違う。
精神的な負荷も大きいし、成績という結果が常につきまとう。

だから、やっぱりスポーツと勉強の努力は同じじゃない。
比べる土俵が違う。
見た目は似ていても、内容も質も、かかるエネルギーもまったく違う。


でもね。
やりたくないことでも、こんなの意味あるの?ってことにも必死にがんばった経験って、必ずその後の人生を支えてくれると思うんです。

「あのとき、あんなに頑張れたじゃん」
「意味があるかどうかわからない古文漢文にも向き合ってたじゃん」
「逃げたかった日も、なんとか自分を奮い立たせてたじゃん」

だからこそ、社会に出てから嫌なことがあっても、「できる」「やれる」と思える。
受験って、そういう力もくれるものでもあるのだと、私は感じています。


中学受験って、「この学校に行きたい」「中高一貫の私立に進みたい」「受験は一度で済ませたい」など、わりと目的がハッキリしていて、そのために努力するというケースが多いですよね。
ある意味、ゴールが先にあって、そこに向かって逆算して頑張っていく。

一方で、スポーツをやっている子どもたちって、もっと過程そのものを楽しんでいるように見えるんです。
初めから「オリンピックに出たい」「全国大会で優勝したい」「記録を出したい」って目標があり、スポーツを始めた子ももちろんいると思うけれど、殆どの子が"楽しいから(楽しそうだから)やっているうちに目標を持った"という流れなのではないでしょうか。

この違いって、大きいと思うんです。
勉強はどうしても目的優先になりがちだけど、本来はその過程にも楽しさがあっていい。
受験勉強が「目標のためにただ頑張るもの」になってしまうと、苦しさが残ってしまう。

スポーツのように、「努力すること自体が面白い」って思える勉強の仕方や関わり方ができたら、
中学受験の景色も少し変わるかもしれないなと思ってます。



中学受験の三種の神器のうちのひとつ。