結愛ちゃん虐待死事件について | めぐろくらぶ
2018-03-15 21:43:46

結愛ちゃん虐待死事件について

テーマ:めぐろくらぶ
本日の予算特別委員会において、結愛ちゃん虐待死事件に関する質疑をしました。

この痛ましい事件。
一番気になったのは、虐待をしていた父親にとって結愛ちゃんが実の子ではないということ。
自分が離婚家庭・再婚家庭で少年期を過ごしてきたこともあり、結愛ちゃんの苦しみや寂しさが痛い程に分かります。

虐待が日常化している家庭では、子どもを守ってくれる存在であるはずの親が、真逆の存在になることもあります。
実際、逮捕された継父は日常的に虐待を繰り返し、実母は「殴られたところは見ていない」。
こんな状況下では残念ながら、親は子どもを守る存在とはなり得ません。

私が重要ではないかと思ったのは『結愛ちゃん家族の成り立ち』と『実父との関係性』について。

結愛ちゃんの実父と母親が結婚した年。
母親が虐待死させた継父と再婚した年。
継父からの虐待によって一時保護されたことを考えると、結愛ちゃんの苦悩は母親の再婚から始まっているものと考えられます。

結愛ちゃんの実父が存命なのか、亡くなっているかもわかりません。
離婚後に結愛ちゃんとの繋がりを望んでいたのか、望んでいなかったのかもわかりません。
ひとつ言えることは、別居している親と子の定期的な交流が、児童虐待への抑止、児童虐待の気付きに大きな効果があるという事実です。

結愛ちゃんのケースは、大変に警戒レベルの高い事案だったからこそ、如何なる児童虐待抑止の可能性も模索してほしかったという想いです。
香川県にも、東京都にも、品川児童相談所にも、目黒区にも。

今回の事件に関して、様々な報道と議論がされています。
「香川県側に児童福祉司指導措置を解除したのが悪い」とか、
「品川児童相談所(と目黒子家セン)が家庭訪問と学校説明会と2度も現認の機会を逸したのが悪い」とか、
「東京都が児童虐待案件を警視庁に全て情報提供していないのが悪い」とか、
「子ども家庭支援センターと児童相談所の連携体制が不十分ではないか」と、様々です。

一番悪いのは、結愛ちゃんの命を奪ってしまった父親でしょう。
それを防げなかった次の責任追及が議論されていますが、
大切なのは、それぞれの立場の人が自らにその責任の一端があるんだと捉えることだと思っています。

「自分は決まり通りにやっただけ、その結果として悲劇が防げなかっただけだ…」
という考え方ではなく、
「自分がひとつ行動していれば結果は変わっていたかもしれない…」
という自責の念を持つこと、そうしなければ次の悲劇を防ぐことはできません。

これは『命』に関わることです。
そして、確かなことは『結愛ちゃんが誰かの助けを待っていた』ということです。


子の親になり命の尊さを身近に感じているからこそ、
小さい命が失われてしまったことが哀しくて仕方ありません。

結愛ちゃんの心がどうか安らかであるようにと祈ると共に、
結愛ちゃんの命が教えてくれたことをしっかりと受け止めて歩んでいきます。

竹村 雄尉さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

コメント

[コメントする]

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス