韓流時代小説 秘苑の蝶~龍は微睡むー許してくれ、朕が世子からそなたを奪った。若い二人を引き裂いた | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第四話  韓流時代小説 夢の途中【秘苑の蝶】  後編

~王と世子(コン)の間で揺れる雪鈴の心。そんな中、承恩尚宮ソン氏の懐妊が発覚し~

 国王陽祖に召し上げられた雪鈴は、後宮入りし、承恩尚宮となった。21歳も若い娘のような雪鈴を熱愛する陽祖。
一方、文陽君ことコンは愛する想い人を突然、王に奪われ、嫉妬で鬱々とした日々を送る。そんな中、世子冊封の儀式が行われ、コンはついに正式な東宮となった。
コンはまだ雪鈴が一方的に別離を告げたのは、自分の前途を思い身をひいたのだと考え、何とか雪鈴の本心を確かめたいと思っている。しかし、「王の女」である雪鈴と世子であるコンが二人きりになれる機会など、あるはずもなかった。

だが、秘苑と呼ばれる王宮庭園の奥深く、二人は運命的かつ皮肉な再会を果たす。

更に、導きの蝶である銀蝶が雪鈴を導いたのは王妃の居所とされる中宮殿だった。

ー今でさえ正式な側室でもないのに、私が王妃になるなんてありえない。

やはり、銀蝶が未来を告げるというのは自分の思い違いにすぎないと苦笑する雪鈴だったが。
 嵐の王宮編、怒濤の展開、後編

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 王が枕を脇にやり、分厚い絹布団の下から何やら取り出した。内官長や都承旨にも託さず、自ら隠し持っているとは、よほど大切なもののようだ。
 よくよく見れば、巻物のようだ。王は巻物状のそれをひろげ、確認するかのように眺めている。やがて、おもむろに顔を上げ、雪鈴を見た。
「これは朕が書いたものだ」
 雪鈴もまた真摯に頷いた。王がこれから何か重要なことを話そうとしているのが感じられたからだ。
 王は書状を雪鈴に差し出した。
「呼んでご覧」
 なにげなく視線を落とし読み進む中に、雪鈴の白い頬が染まり、ついに蒼くなった。
「殿下、これは」
 書状を持つ手が知らず戦慄く。
 王が手を伸ばし、雪鈴の手に自らの手を重ねた。
「これが朕のそなたにしてやれる精一杯だ」
 雪鈴は涙の滲んだ眼で王を見た。
 書状は正式な王命であり、王の玉爾まで捺されている。承恩尚宮ソン氏の産む御子は陽祖の子ではなく、世子文陽君の子であると明言されていた。更には陽祖には幼少の砌、流行病にかかったせいで子どもはできないこと、そのためソン氏の懐妊した御子は間違いなく世子の子であるから、ソン氏から王子生誕の際は必ず王子を次の世子に立てるようにとまで添えられていた。
 王が雪鈴の手をそっと撫でた。
「朕にもしものことがあれば、これを必ず世子に見せなさい。世子自身も心当たりがあるだろうから、悪いようにはしないだろう」
 雪鈴の眼から涙がしたたり落ちた。
「殿下、でも、これでは殿下のご体面に関わります」
 陽祖に子種がないというのは、これまであくまでも〝噂〟にすぎなかった。けれども、この王命を公表すれば、あの不名誉な噂は〝真実〟であったのだと広言することになる。
 王が穏やかな笑みをひろげた。
「朕は構いはしない。どうせ女好きだの暗君だのとさんざんに言われてきた愚かな王だ。今になって一つくらい何かが加わったとて、たいした違いはない」
 王がまた雪鈴の手を撫でた。
「良いな、朕が亡き後は必ず世子にこの書き付けを見せるのだぞ」
 王が雪鈴の少しだけふっくらとしてきた腹部を撫でた。
「ここに宿ったのが真に朕の子であったらのう」
 王は愛おしげにかすかな腹の膨らみを撫でている。雪鈴の眼からは澄んだ涙がひっきりなしに溢れて落ちた。
「許してくれ、朕が想い合う若い二人を引き裂いた。朕がそなたを世子から奪わねば、今頃、世子とそなたは世にも幸福な恋人となっていたであろうに」
 雪鈴は泣きながら首を振る。
ーこの心淋しい方を突き放せない。
 王が手を伸ばし、指の腹で雪鈴の涙を拭った。
「朕のために泣いてくれるのか?」
 雪鈴は涙を零して言った。
「あの夜も殿下は同じことを仰せでした」
 懐妊が露見した夜、自分はどうなっても良いから腹の子だけは助けて欲しい。王の前にひれ伏して懇願した時、王は雪鈴に自らの重大な秘密を打ち明けた。あまりに痛ましい王の宿命に泣いた雪鈴の涙をこうして拭ってくれた。あの夜のことをけして忘れはしない。
 王が穏やかに笑った。
「そうだな、あのときも、そなたは朕のために泣いてくれた。これで二度目だ」 
 王が幾度も頷き、雪鈴の艶やかな黒髪を撫でた。
「そなたに出逢えたのは、我が生涯最後の幸せであった」
 そこで王がウと呻いて額を押さえた。
「少し張り切り過ぎたようだ」
 雪鈴はハッと我に返った。病人に長話させて、疲れさせてしまったことを後悔する。
「申し訳ありません。気がつきませんでした」
 王が横たわるのを支えながら、雪鈴は自らの迂闊さに臍をかんだ。
 王が呟いた。
「少し眠りたい」
 整った面立ちはやはりコンに似ている。しかし、今の王は初めて出逢った日の面影は殆どなく、ひと回りも老けたように見えた。
「雪鈴」
 眼を閉じた王に呼ばれ、雪鈴は側ににじり寄る。王の伸ばした手を雪鈴はしっかりと握った。
「お側におりますので、安心してお眠り下さい」
 返事はなかった。雪鈴はしばらく王の寝顔を見つめていたが、ふと違和感を感じた。
「ー殿下、殿下?」
 雪鈴の手から握りしめたはずの王の手が落ちた。
「ーっ」
 雪鈴は震える手を王の口許にかざしたけれど、息遣いは既に感じられなかった。
「殿下ッ、殿下!」
 雪鈴が狂ったように叫び続けるのに異変を察した内官長が飛び込んでくる。ひとめ見た内官長はすべてを察したらしく、すぐに声を張り上げた。
「早く御医を呼ぶのだ、何をしておる、早く行かぬかっ」
 普段、物静かな内官長が声を荒げるのを初めて見た。
 雪鈴は王の手を握ったまま、涙を流し続けた。あまりにも呆気ない別れであり、哀しい出来事だった。
 大切な人を見送ったのは、これで二度目だ。