韓流時代小説秘苑の蝶~残酷な現実を知る瞬間ー少女殺害は「人柱」偽装事件だった、哀しみが止まらない | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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第二話  韓流時代小説 龍神の花嫁~風舞う桜~【秘苑の蝶】

コンと晴れて両想いになった雪鈴は、セサリ町の小さな屋敷で穏やかな日々を紡いでいた。そんなある日、年若い女中のソンニョが冴えない顔をしてるのに気づく。理由を訊ねた雪鈴に、ソンニョは必死の面持ちで訴えるのだった。「妹が殺されてしまいます、どうか妹を助けて下さい」。
昔ながらの小さな農村に伝わる「龍神の花嫁」伝説をめぐる悲劇。「花嫁」が残酷な生け贄だと真相を知った雪鈴はコンと共に龍神伝説が伝わるハクビ村に赴くのだがー。

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 老婆が吠えるように言った。
「村の誰もがそんなことは信じちゃおらん。孫は龍神さまの花嫁として差し出されたんだ。村のために犠牲になったんだ」
 と、沈黙を守っていた村長が不気味にも思えるほど静まった声で言った。
「使道さまが何ゆえ、今になって解決したはずの十五年前の事件を蒸し返されるのか、私には理解に苦しみますが」
 村長はここで言葉を句切り、一同を見回した。まるで自分がこれから言おうとしていることがさも重大発表で、それがもたらす影響を更に際立たせようとするかのようだ。
「もし、お慈悲がありますなら、我が村の七十年前の村史をこちらへお持ち下さいますよう、伏してお願い申し上げます」
 一体、何を言い出すのかと警戒していたコンは、訝しんだ。七十年前の村史を何に使うつもりなのか?
 ほどなく吏房が壇上に再登場し、県監に分厚い冊子を渡す。県監が頷くと、吏房がまた広場に降りて刑房に冊子を渡した。
 冊子は刑房から村長の手に渡った。村長は堂々とした手つきで村史を捲り、とある箇所を開き、県監を見上げた。
「七十年前、ここに大蛇を鎮めるために公式の儀式を執り行ったと書かれております。当時の県監さまもご臨席賜った、お国が認めた公の行事です」
 県監が眉根を寄せた。
「そなた、何が言いたい?」
 一方、コンは烈しい衝撃を受けていた。やはり、村長は予想以上の小狡い大悪党だ。
 彼には村長の頭の中が手に取るように分かった。この男は七十年前の大蛇騒動を使って自分の罪を言い逃れるつもりなのだ。
 村長は淡々と続ける。
「大蛇と記載されていますが、常識的に考えて、大の大人数人でも太刀打ちできない大蛇など存在するはずがありません。その大蛇を鎮めるための儀式といえば、恐らくは人柱を立てたのでしょう。大蛇というのは龍江の河の神、即ち龍神であると考えられます。人柱は残酷なものではありますが、当時からこれは公に認められ許されたものでした。こたび、私がやむを得ず、よそ者の令嬢を攫って河の神に捧げようとしたことも七十年前の儀式と同じです。すべては村長として村と村人の暮らしを守るため、苦渋の決断でした。それでも、私は罪に問われるというのでしょうか」
 実に悪知恵が働く男に、さて、ベテラン地方官はどう抗弁するか? コンは両耳に全神経を集中させた。
 少しく後、県監が静かに言った。
「七十年前、確かに大蛇を鎮めるために公式の儀式を執り行ったとここに書かれている。そなたの申す通りだ。中央から遣わされた役人が臨席したからには、国が認めたも同然。大蛇鎮めの儀式は罪にはならない」
 刹那、村長の顔に勝ち誇った表情がよぎる。
 と、県監の鋭い視線が村長を射た。コンでさえ、たじろぐほどの眼光の強さだ。
「儀式そのものは罪にはならぬが、何のいわれもなく若い生命が無残に奪われたのは事実。そなたは、それについてはどのように考える?」
 村長は事もなげに言い放った。
「先ほども申し上げましたように、人柱の儀式が残酷でないとは申しません。しかしながら、村を救うためにはやむをえぬ仕儀にて」
 突如、県監が声を張り上げた。
「真、そのように思うか。そなたは己れの娘が人柱に立てられるとなって、やむを得ない犠牲と割り切れるというのか。私が娘の親なれば、到底、素直には受け容れられぬ。何故、我が子がそのような残酷な定めを背負わされるのか、我が子でなく他人の子であって欲しいと願うだろう。それが人の心の真実というものだ、親の心だ」
 県監は自らを落ち着かせるように息を吐いた。
「村長よ、この世に起こる事件のすべてが法で裁けるものばかりではない。七十年前の公式行事で人柱が立てられたのが罪にはならないとしても、未来ある若い少女がゆえなき犠牲となったことは許されぬ罪なのだ」
 そこで、老婆が泣きながら訴えた。
「使道さま、あたしは村のために孫を喪っちまいました。孫も人柱にされたんです。七十年前と同じように、孫も村のために犠牲になったんだ」
 髭男がぶつくさ言っている。
「気違い婆ァめ、まだ言ってやがる。何度も言わせるんじゃねえ、あの事件はもう、とっくに片付いてるんだよ」
 県監が小さく頷いた。
「そなたの申す通りだ。七十年前の儀式を罪に問うことはできない。さりながら、十五年前、ソンシルの孫娘が攫われ、殺害された事件は国が認めた公の行事でも何でもない。明らかな殺人だ」
 〝殺人〟のひと言に、その場がしんと静まった。
 県監がおもむろに三人の罪人たちを見下ろした。
「実のところ、十五年前の事件について、まったく出かかりがないというわけではない。十五年前と申せば、まだ私が着任する前に起こった事件だが、今回、私なりに当時の捜査記録を読み返してみた。当時、セシルの消息は隣町を出るところまでは確認が取れている。判らなくなったのは町を出てからだ。そして、殺害されたセシルらしい少女が消息を絶つ寸前、つまり町を出た直後、村に戻る道で同じ村に住む男と親しげに話していたのを見た者がいるのだ」
 一同に衝撃と緊張のさざ波が走った。
 相も変わらず、村長は恬淡と県監を見つめ、痩身の男は蒼い顔で震えている。
 髭男はふて腐れたようにそっぽを向いていた。
「私としては、セシルが最後に目撃されたときに一緒にいた男が一番怪しいとみている。更に、その男の面体を証言に基づいて描かせた人相書きがいまだ残っておる。よくよく見たところ、その方らの一人に酷似しておるのよ」
 村長が静まった声で言った。
「先刻、使道さまが私めに下された言葉をそのままお返し致しましょう。一体、何を仰せになりたいのでしょうか」
 県監が我が意を得たりと笑みを刷いた。
「それは、セシルを殺めた者が一番、よく判っていると思うが?」
 気まずい沈黙がその場を埋め尽くした。永遠にも思える静けさを破ったのは、髭男だった。
「見られちまってたんじゃ、どうしようもねえな。そうだよ、俺がやったんだ。俺はあの娘っ子がまだ十にもならねえ中から眼をつけてたんだ。あいつは良い女になるってね。俺の眼は狂っちゃいなかった。十を過ぎた辺りから、胸も尻もでかくなってきて、良い身体になったさ」