韓流時代小説 罠wana*魅入られて~日陰の王女は愛に惑う~美少女は僕の前に颯爽と現れたー初恋だ | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

Every day is  a new day.
一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
小説がメイン(のつもり)ですが、そのほかにもお好みの記事があれば嬉しいです。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。

韓流時代小説 罠wana*魅入られて~日陰の王女は愛に惑う

作品説明

ーその美しき微笑は甘美な罠か?

どこから見ても美少女のジアンには、秘密があったー。
「すべてのものから、僕が貴女を守る」
「あなたと出会わなければ良かった。あなたを傷つけたくないから、身を引こうとしたのに」

 

附馬とは国王の娘を妻に迎えた男性を指す。

いわゆる王の娘婿である。難関とされる科挙に

最年少で首席合格を果たしたナ・チュソン。

将来を期待されながらも、ひとめ惚れした美しき王女の降嫁をひたすら希う。

約束された出世も何もかも捨てて、王の娘を妻として迎えたにも拘わらず、夫婦関係はよそよそしかった。

妻への報われぬ恋に身を灼く一人の青年の愛と苦悩を描く。ー彼女はその時、言った。
 「私と結婚したら、後悔しますよ」。果たして、その言葉の意味するところは? 官吏としての出世も何もかもをなげうって王女の降嫁を望んだ一人の青年。しかし、妻となった王女は、良人に触れられることさえ拒んだ。ー
*******************************************************

image

 チュソンはぼんやりと道を転がる林檎を眼で追っていた。その時。
 派手な音が響き渡った。女の子を追いかけてきた八百屋の主人が彼女を殴ったのだ。チュソンが今し方、林檎を買った店の主だ。立ち上がりかけた女の子はまた物の見事に転んだ。
「まだ年端もいかねえガキの癖に、太ェ女(アマ)だ。白昼から堂々と商売物を盗みやがってよう」
 チュソンが見たところ、件(くだん)の八百屋は生来、残忍という質(たち)ではなく、むしろお人好しの部類に入るように思えた。そんな男が商売物を盗んだとはいえ、いきなり幼い少女を殴りつけるとは俄には信じがたい。
 と、いかつい大男の八百屋はがなり立てた。
「一体、これで何度目だと思ってやがる! 甘い顔をしていれば、良い気になりやがって」
 なるほど、やはり人の好さげな男がここまで怒り狂うのには、それなりの理由があったのだ。この女の子が盗みを働くのは今回が初めてではなかった。
 女の子がようよう身を起こして、駆け出そうとする。そうはさせじと八百屋がむんずと細い腕を掴んだ。
「逃げようたって、そうはゆかんぞ」
 まるで猫の子を掴むように、女の子の襟首を掴み上げる。それでも女の子がまだもがくので、八百屋は怒り心頭に発し、またしても太い腕で女の子を殴りつけようとした。
 まるで丸太のような腕だ。おまけに拳骨とくれば、下手をすれば、子どもは殴り殺されるかもしれない。
 いつしか八百屋と女の子の周囲には、たくさんの野次馬が輪を作っていた。
 たくさんの大人が事の成り行きを見守っているものの、誰一人として止める者ははない。
 幾ら何でも、あれはまずい、止めなければ。
 チュソンはしばらくの間、躊躇った。止めに入れば、当然、人の注目を浴びることになる。屋敷をこっそりと抜け出している身であれば、できれば避けたい。更に、あの太腕でまともに殴られれば、怪我をするのは必至だ。
 痛い想いをしたくないし、また怪我の原因について両親に説明するのもできれば避けたい事態だった。
  義侠心と逡巡の間で揺れ動く時間は心苦しく、長いものに思われた。
 そのときだった。凜とした声音が割り込んだ。
「何をしているの!」
 チュソンは茫然と声の主を見た。視線の先には、美しい少女がいる。どう見ても、助けようとしている女の子より二、三歳年上にすぎず、それを言えば、チュソンとほぼ同じ歳頃に見えた。
 少女は憤然とした面持ちだ。細い手を腰に当て、それでも精一杯、八百屋に対抗するかのように見上げている。
 チュソンは、内心はらはらしながら様子を見守るしかない。助けに出たのまでは良いけれど、どう見てもウサギが熊に戦いを挑んでいるようにしか見えない。
 八百屋が鼻の穴を膨らませ、荒い息を吐きながら言った。
「何だ、お前は」
「あなたは、何故、その子を打つのですか?」
 少女は紅色の上衣に鮮やかな緑のチマを纏っていた。長い髪は後ろに編んで垂らし、やはり緑の髪飾り(テンギ)をつけている。
 八百屋が呆れたように、ハッと鼻を鳴らした。
「こいつは呆れたね。あんたは、この娘っ子が何をしでかしたのかも知らないで、俺を邪魔立てしたのかい?」
 少女は首を振った。
「いいえ、私はちゃんと見ていました。その子はあなたの売っている林檎を盗んだのでしょう」
 八百屋はますます呆れ顔だ。
「判っているなら、黙って引き下がって貰いましょうか、エ、お嬢さま(アツシー)。あんたのような両班には関係のねえことだ」
 確かに少女はどう見ても、良家の令嬢だ。それにしては、伴の者も見当たらないのがいささか気にはなるが。
 少女はまたわずかに前に進み出た。気圧されたように、八百屋がわずかに後ずさる。少女は図体で大男にはるかに及ばないけれど、迫力では負けていない。
 八百屋は依然として女の子の首根っこは押さえたままだ。
「その子のしたのは、確かに悪いことです。でも、貧しくて、その日に食べるものもなく仕方なくやったのではないでしょうか。空腹に堪りかねて盗みをした子どもをあなたは容赦なく殴るのですか?」
 八百屋の顔が赤黒く染まった。相当頭に来ているようだ。
「言っときますがねぇ、お嬢さん。俺だって生きてるんですぜ、それに家に帰りゃア、年取ったお袋、女房から五人のガキどもが待ってるんだよ。俺は家族を食わせてやらなきゃならねえ。いちいち綺麗事を言っていたら、俺の方がその娘っ子より先に家族と心中しなきゃならなくなるんだよ!」
 男が無造作に手を離したため、女の子は勢いよく地面に落下した。痛みのためか、衝撃のあまりか、女の子が声を上げて泣き出した。
「煩せェっ。泣きてえのは、こちらだよ。このお優しいお嬢さまは俺が理由(わけ)もなく子どもに当たり散らす極悪人のように言うが、お前にこう再々商売物を持ってかれちまっちゃア、俺の方が首をくくる羽目になっちまう」
 少女が袖から薄紅色のチュモニを取り出した。八百屋に向けて、そっと差し出す。
「これで私があの子が盗んだ林檎を買うということにはできませんか?」
 彼女は良いと思って言ったに相違ないが、その科白は八百屋の矜持をいたく傷つけたようだ。