小説 海ほたる~喪失、そして再生~泣きながら目覚める朝ーかつて愛した二人の女たちが忘れられない | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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小説 海ほたる~喪失、そして再生~

【俺の女神 続編】

~ここではないどこかへ
  誰か俺を知る人が誰もいない遠い場所に行きたい。。。~

 ☆―もう、忘れても良いのかな、考えなくても良いんだろうか、俺。
 どうしても過去から逃れられない。もがけばもがくほど、余計に足を取られて、かがんじがらめになってしまう。
 俺は一体、どこに行けば良い?
 教えてくれ、早妃。☆

 純白の花はまゆうが群れ咲き、夜には海ほたるが群舞する海辺で芽生えた恋物語。

レイプした女性実里や実里の生んだ我が子の前から突如として姿を消してから数ヶ月後。

 悠理は苦しみの底であえいでいた。実里や我が子に逢いたいけれど、逢えない。逢える資格はないと判っているだけに、余計に苦しみは募っていった。

 ここではないどこかへ、自分を知る人もいない遠いどこかへ逃げてしまいたい。そんな想いが高じて、ついに故郷の町を逃げるように飛び出した。
 偶然、降り立った旅先の海辺の町で、運命の出逢いが待っているとも知らずに―。

 実里と別れた後、悠理が辿った心の再生と軌跡を描きます。
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―〝今、明らかになる伝説の名ホスト! 意外にシャイなその素顔に迫る。こんなイケメンが彼女も恋人もいないって、本当なの?〟だって。悠理クンのどこがシャイなの?
 実際には言いたいことはずばずばと言う性格なのに、女性雑誌の記者は真実どころか、およそ本物の悠理とはかけ離れた記事をあたかも真実のように書いていた。
 しかも、記者は悠理の言葉を真に受けて、彼女も恋人もいないとまで書いていた。ホストクラブでは公的には彼女や恋人はいないということになっているが、どのホストにも現実には彼女がいる。しかし、流石に職業柄、結婚は不可となっていた。
 悠理はホストクラブには早妃を同棲中の彼女として届け出ていたものの、内実は入籍も済ませた妻であった。
 大体、記事を書いた三十代の女性記者自体が店で受けた取材中、眼を潤ませっ放しで、放心したように悠理を見つめていたのだ。悠理には正直、自分のどこがそんなに良いのか皆目見当もつかなかった。
 ただ、ホストは基本的には夢を売る―訪れる女性客が自分といる間だけは、彼女だけの〝彼氏〟であり〝恋人〟を演じる―のが仕事だと思っていたから、客がどのような幻想を自分に対して抱こうとも、それは自由だと思えたし気にならなかった。
 ホスト時代を思い出すと、どうしても、想いは早妃に還ってゆく。悠理はナップサックの奥にしまってある小さな巾着を出した。ピンク地に兎が散っている。早妃が手ずから縫ったものだ。
 それを開いて逆さにすると、一枚のポストカードとネックレスが手のひらに落ちてきた。早妃が大切にしていた宝物たち、今となっては亡き妻の形見となったのは、この二つだけだ。
 ポストカードはマリア像が映っている。どこの教会の写真かは知らないが、早妃が雑貨屋でひとめ見て気に入ったものだ。キリストを抱いたマリア像が上半身アップになっている。慈悲深い笑みを湛えながらも、どこか哀愁に満ちたその聖母の表情には奥深いものが漂っている。
 それはやがて愛し子を見舞うことになる過酷な宿命を予感してのものなのだろうか―。
 早妃は熱心なクリスチャンだったけれど、悠理は信仰心なんてものは欠片もなかった。ただ、そんな無信心な悠理ですら、何かを感じてしまうほど、そのマリア像の表情は見る者に何かを訴えるような語りかけるようなものがあった。だからこそ、早妃もひとめ見て欲しいと思うほど気に入ったのかもしれない。
 一方のネックレスは、十字架を象ったモチーフがついている。近くの教会では日曜の午前中、大抵ミサが行われていた。早妃も毎週のように参加していたが、そのときには、この十字架を身につけて出かけていた。早妃らしい控えめなシルバーの小さな十字架が銀鎖についている極めてシンプルなものである。
―早妃。今、お前はどこにいる? 
 図らずも実里を愛するようになる前、早妃を失った直後は、よく早妃の夢を見た。
 広い広い雪原を悠理はただ一人で歩いている。不思議な夢だった。
 雪国なんて一度も行ったことがなければ雪原など歩いたこともないのに、彼は一人で雪野原を歩いていた。ひたすら歩いたその向こうに、早妃が待っていると判っているのに、いつまで歩いても早妃の許には辿り着かない。
 早妃の気配は近くに感じられるのに、肝心の早妃は姿さえ見えなかった。あまりにもどかしくて、早妃に逢いたくて、夢中で手足を動かして先へ進もうとするのに、幾ら歩いても周囲の景色は変わらず、自分が進んでいるのか後退しているのさえ定かではなくなってくる。
 そして、夢はいつも唐突に途切れた。
 目覚めた自分の頬はいつも冷たい涙で濡れていた。
 その後、二度と眠りは訪れず、苛立った悠理はアルコールを浴びるように流し込んだ。喪失感と哀しみと絶望がないまぜになって、気が狂いそうになった。
 いっそのこと気が本当に狂ってしまえば、楽になる。そう考えて、仲間たちがたまにやっているドラッグをやろうかと思ったことさえあったのだ。
 それでも、どうにかドラッグに手を出さずに済んだのは、皮肉にも早妃を轢き殺した実里に何が何でも復讐してやろうという暗い一念によるものだった。
 その夜、悠理は久しぶりにあの哀しい夢を見た。夢の中で悠理はやはり泣いていた。
 目覚めた時、既に狭い室内には朝の眩しい陽射しが差し込んでいた。早妃の形見の十字架を握りしめて眠っていたようだ。ポストカードは枕元に転がっていた。
 悠理は布団に身を起こし、茫然と宙を見据えた。そっと頬に触れると、やはり湿った感触がある。そこで初めて、ああ、自分は泣いていたのだなと思った。
 それにしても、昨夜の夢は今までとは違っていた。夢の終わりに、悠理は確かに早妃の姿を眼にしたと思う。しかし、自分が目覚める間際に見たのは、早妃の顔でもあったようだし、実里であったような気もした。
 しかも、女は赤児を腕に抱いていた。考えてみれば、早妃も実里も悠理の子を宿したのだから、どちらが赤ん坊を抱いていたとしても不思議はない。
 目覚める瞬間、確かに女の名前を呼んだのに、それが誰の名を呼んだのかも憶えていないのだ。
 悠理は大きな溜息をついて、長めの前髪をくしゃっとかき回した。過去と決別したくて故郷を出てきたというのに、自分は何という情けない男なのだろうか。
 ここまで来て、まだ早妃や実里の面影を夢にまで見るとは!
 何の気なしに腕に填めたままの時計を見ると、既に七時を回っている。
 いけない! 悠理は慌てて飛び起きた。確か、網元の話では三時には起き出して海に出るのではなかったか? せっかく早々と漁に連れていって貰えるというのに、初日から寝坊して遅刻では、すぐに愛想を尽かされて追い出されるかもしれない。
 元々パジャマなど持ってきていない、気のみ着のままで眠るつもりだったので、服装はTシャツとジーンズのままだ。悠理は蒼褪め狼狽えて部屋を飛び出した。