小説 海ほたる~喪失、そして再生~ホストから漁師へ転身ー俺に声をかけた老人に誘われるままに | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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小説 海ほたる~喪失、そして再生~

【俺の女神 続編】

~ここではないどこかへ
  誰か俺を知る人が誰もいない遠い場所に行きたい。。。~

 ☆―もう、忘れても良いのかな、考えなくても良いんだろうか、俺。
 どうしても過去から逃れられない。もがけばもがくほど、余計に足を取られて、かがんじがらめになってしまう。
 俺は一体、どこに行けば良い?
 教えてくれ、早妃。☆

 純白の花はまゆうが群れ咲き、夜には海ほたるが群舞する海辺で芽生えた恋物語。

レイプした女性実里や実里の生んだ我が子の前から突如として姿を消してから数ヶ月後。

 悠理は苦しみの底であえいでいた。実里や我が子に逢いたいけれど、逢えない。逢える資格はないと判っているだけに、余計に苦しみは募っていった。

 ここではないどこかへ、自分を知る人もいない遠いどこかへ逃げてしまいたい。そんな想いが高じて、ついに故郷の町を逃げるように飛び出した。
 偶然、降り立った旅先の海辺の町で、運命の出逢いが待っているとも知らずに―。

 実里と別れた後、悠理が辿った心の再生と軌跡を描きます。
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 どれくらいの間、そうやっていただろうか。時間にしてはたいして長くはなかったはずだが、気がつけば、老人が振り返って彼を見つめていた。
「そんなに珍しいか?」
 長年、潮や風雪に晒されてきた面には、くっきりと皺が刻み込まれている。赤銅色に灼けた貌は存外に整っており、細い瞳は物事の真実を暴き立てるかのように鋭かった。
 そのまま老人と対峙していると、弱い自分の心を見透かされそうな恐怖に陥りそうだ。
「い、いえ」
 悠理は柄にもなく紅くなり、首を振った。
「仕事中、お邪魔をして申し訳ありせんでした」
 早口で言うだけ言って去ろうとすると、背後から嗄れた声が追いかけてくる。
「待ちなさい」
 えっと、振り向く。
 老人の細い眼が更に細められていた。だが、その瞳は怖いというよりは、彼自身が何かを訝しがっているようにも見える。
「ここで働いてみるか?」
 最初、悠理は老人から発せられた言葉の意味を理解できず、惚けたように相手を見返していた。
「俺が? ここで働く―」
 かつてホストをしていた頃、悠理の謎めいた微笑は女性たちを虜にし、〝キラー・スマイル〟と呼ばれた。今でも突然に店を辞めて姿を消したナンバーワンホストの彼は、伝説のホストとして噂の的になっているらしい。
 悠理自身はそんなことはどうでも良かったけれど、確かにホストという前職と漁師はあまりにも違いすぎる―というか、同じ次元で語れる仕事ではない。
 父親が突然死んで、高校を中退して以来、まともに力仕事すらしたことのない自分が漁師などできるのだろうか? 疑問が波のように押し寄せてきたものの、何故だか、悠理にはこの老人からのいざないが天啓のように思えた。
 今、自分が直面しているこの際限もない苦しみから解き放ってくれるのであれば、何でも構わない。そんな半ば自棄のような気持ちもあるにはあった。
 老人には申し訳なかったけれど、別に漁師の仕事に魅力や興味を憶えたわけではなかった。
 老人はしばらく悠理をじいっと見つめ、それから頷いた。
「無理にはとは言わんが、この町の漁家も今は、若い者が次々と都会に出てしまって、人手不足でな。お前のような若い男なぞ、皆、町を出たっきりで、ついぞ帰ってこん。まあ、バイト代くらいしか出せないが、手伝ってくれるのなら、宿代はただにしてやっても良いぞ」
 老人は悠理と眼が合うと、ニヤリと笑った。
 ちょっと見は無愛想に見えるが、話し好きなのかもしれない。
「俺なんかで務まりますか? はっきり言って、漁師の仕事って全然、見当もつかないんですけど」
 思ったままを言うのに、老人は愉快そうに声を上げて笑った。
「ホウ、男前なのを鼻に掛けた青臭い若造かと思ったら、なかなか言いたいことを言うな。それだけの度胸があるなら、漁師の仕事もやってできんことはなかろうて。心配せんでも良い。仕事は一つ一つ教えてやるし、端から、そんなに難しいことはさせるつもりはない」
「それなら、俺にもできるかな」
 悠理が小首を傾げると、老人は不敵な笑みを浮かべている。
「それだけの良い体格をしとるんだ。力仕事の一つや二つはできるだろう?」
「えっ、まあ、力はそこそこあるとは思いますけど」
 悠理は頷いた。ホストは力仕事なんてする必要は全くなかったが、自分が特に体力不足だと思ったことはない。何とかなるだろうと楽観的に考える。
「よし、それじゃあ、話は決まりだな」
 老人は顔をほころばせた。笑うと、いかつい印象が随分とやわらぎ、むしろ人懐っこい雰囲気が全面に出てくる。
 悠理は気づいてはいないが、この老人の雰囲気は実は、彼自身ととてもよく似通っていた。一見、人を寄せ付けないようでいて、実は見かけほど人嫌いでもなく無愛想でもない。人が嫌いというよりは、自分の感情をどうやって表現したら良いか判らない。
 そのせいで、普段から随分と損をしている。
 悠理がこの老人に親近感を抱いたのも、二人の共通点ゆえでもあったのである。話すだけ話すと、老人はもう用事は済んだとばかりに背を向け、また黙々と自分の仕事に戻っていく。
 悠理は一人、その場に取り残され、途方に暮れたように老人の屈強な後ろ姿を眺めた。よもや、この初めて訪れた港町で偶然出逢ったこの老人が自分の中に何を見たかまでは想像だにつかなかった。
 長年、漁ひと筋に生きてきたこの老人は、悠理の中に儚さを見たのだ。彼がかいま見たものは、指でつついただけで一瞬で崩れさってしまいそうな脆さに他ならなかった。
 悠理について全く何も知らないこの男が、図らずも悠理のそのときの状態を正確に読み取ったのだ。