韓流時代小説 寵愛【承恩】~王女の結婚~ずっと逢いたかったジュンスー彼は眼が覚めるほどの美男に | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 寵愛【承恩】第三部

向日葵の姫君ーThe Princess In Loveー(原題の「王女の結婚)

ヒロイン交代!第三部はホンスン王女が主役を務めます。

韓流時代小説「王宮の陰謀」第三部。

わずか16歳で亡くなったとされる(英宗と貞彗王后との間の第一子)紅順公主には秘密があった?

幼なじみの二人が幾多の障害を乗り越え、淡い初恋を育て実らせるまでの物語。

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 紅順は微笑んだ。
「頼もしい跡取りがいらっしゃるから、お父君も安心していられるかもね」
 仁賢がわずかに頬を紅潮させた。
「頼もしいかどうかは判りませんが」
 控えめに言う。手前に殿舎が見えてきたところで、二人は立ち止まった。
「それでは、私はこれで失礼致します」
 仁賢は丁寧に腰を折ると、書物を抱えて去っていった。後ろ姿を見送っていると、傍らから遠慮がちな声が聞こえてくる。
「公主さま、あのお方は吏曹佐郎とおっしゃいましたね」
 振り向けば、柳(リユ)尚宮が思慮深げな眼でこちらを見ている。柳尚宮は朴尚宮の後任だ。歳は朴尚宮より一歳若い。年格好は似ているが、気性は乳母とは正反対で、口数も少なく、紅順はこの人が声を上げて笑うのを見た試しがない。
 では冷淡かといえば、そうでもなく、王妃が後任に抜擢するだけはあると思えるほど、有能で気働きのできる頼もしい側近である。
 最初は優しかった乳母とのあまりの違いに衝撃を受けたものの、慣れた今では柳尚宮の余計なことは言わず、側から見守ってくれている適度な距離感が心地良いものとなっている。
「ええ、あなたの前任の朴尚宮の子息よ」
 紅順が言うのに、柳尚宮は大仰に眼を瞠った。普段、感情を露わにしない彼女には珍しい。
「では、あの方が」
 思わせぶりな言い方に、紅順はつい興味が湧いた。
「どうしたの、お兄さまがどうかしたの」
 柳尚宮はいつもの鹿爪らしい顔で応えた。
「陳仁賢さまといえば、前回の科挙で三等を取られ、英才の誉れが高い方にございます」
「まあ、そんなことがあったの」
 柳尚宮は得々と説明した。前回の科挙が行われたのは三年前で、当時、まだ十七歳であった仁賢が並み居る挑戦者たちの中で見事に第三位の高得点で合格したという。
「一位、二位の受験者はそれぞれの事情で仕官を辞退しましたから、事実上、陳氏の若君が首席として朝廷入りされたも同然と当時はかなり評判になりました」
 科挙で優秀な成績を納めての任官なら、尚のこと、仁賢は将来を約束されたも同然である。実の兄とも慕う仁賢の快挙に、紅順は嬉しくてならない。
 一方で、兄が評判になるほどの躍進を遂げている傍で、弟のジュンスはどうしているのかと心配になる。
「吏曹佐郎が任官してからというもの、歳頃のご息女をお持ちの高官方は皆、こぞって令嬢の婿にと打診しているそうですが、なかなか色よい返事を貰えないそうです」
 柳尚宮は普段、後宮内の噂なぞ、およそ興味がないといった顔で澄ましている。そんな彼女が意外に情報通なことに、紅順は改めて愕いていた。
「お兄さまは昔から、頭が良かったのよ」
 自分のことのように誇らしげに言うと、柳尚宮が頷いた。
「右議政さまが三女の婿にと、随分熱心に縁談を申し込んでいるそうですが」
「右議政といえば、誰もが知る名家だわ」
 仁賢のためにも、その縁談がまとまれば良いと、紅順は心から願った。
    
  五日後の朝、紅順は陳家の屋敷の門前に立っていた。仁賢から朴尚宮の良人が不調だと聞いたからには、捨て置けるはずがなかった。
 仰々しくお伴を引き連れてはかえって相手方の迷惑になる。そのため、伴は柳尚宮と女官二人だけにした。
 輿を門前の目立たない場所に待たせ、紅順は久方ぶりに陳家の門をくぐった。
 懐かしい。乳母の葬儀の日以来だから、もう何年、ここを訪れていないのか。
 紅順の後を柳尚宮が静々と付いてくる。柳尚宮は大切そうに風呂敷包みを捧げ持っていた。中は地方から王室に献上された桃が入った箱だ。
 庭を横切り玄関に佇んでも、誰も出てこない。以前は、老執事が飛んで出てきたものだったが。そっと窺うも、そもそも邸内にあまり人の気配が感じられない。
 使用人の数を少なくしたのかもしれない。紅順は勝手知ったる他人の家で、玄関を過ぎ庭へ足を踏み入れた。庭を突き進めば、母屋に至ることを知っているのだ。
「もし、どなたか、おられませんか」
 声をかけても、やはり誰も出てこない。
 後ろの柳尚宮がぼやいている。
「使用人の一人も出てこないとは、この屋敷は一体どうなっているのでしょう」
 紅順はそれは聞き流し、更に奥へと進む。と、突如として飛び上がりそうな怒声が響き渡った。
「一体、そなたは何を考えているのだ!」
 当初、勝手に入り込んだ我が身が怒られているのかと勘違いしそうになったのだけれど、すぐに状況が判った。
 とある室から、その怒声は聞こえてきている。紅順は進もうにも進めず、その場に足を止めた。幸いにも生い茂った紫陽花の茂みが紅順たちの姿を隠してくれている。
 断っておくが、けして立ち聞きをするつもりはなかった。ただ、状況が状況だけに、そのまま姿を現すのも引き返すのも無理がありすぎた。
「仁賢を見よ。科挙には優秀な成績で合格したばかりか、今は吏曹の佐郎として国政に携わっている。兄を見て、そなたは自分が恥ずかしくないのか!」
 そのひと言で、すべてが理解できた。今、叱責を受けているのが、そも誰であるのかも。
 紅順は堪らず、そっと紫陽花の茂みから向こうを窺った。どうやら話し声が聞こえてくるのは、当主の居室のようだ。五月のうららかな陽気とて、室の扉は開け放たれていた。当初の陳ジョンナムは病臥している風もなく、きちんとパジチョゴリを纏っている。
 仁賢の言う通り、健康を回復したというのは事実なのだろう。大体、病人があんな怒声が出せるはずがない。
 座椅子(ポリヨ)に座るジョンナムに対し、文机を挟んで一人の青年が端座している。うつむいているので、容貌は判らない。しかし、この若者がジュンスだとは容易に知れた。群青のパジチョゴリを着た青年はうなだれたまま、口答えさえしようとはしない。
 そんな倅を苦々しそうに見て、ジョンナムはいっそう声を荒げた。
「まったく気骨のないヤツだとは幼い頃から判ってはいたが、ここまで腑抜けだとは情けない。草場の陰で、母も泣いておるであろうよ」
 最後の科白のときだけ、若者の肩がかすかに揺れた。間違いなく、彼の心に打撃を与えたのだ。激高しているジョンナムは気づいていないようだが、紅順は傍観者だけに判った。
「そなたの今の勉強ぶりでは、来年の科挙に合格することはまず無理であろう。勉学が無理なら、せめて婿にでもゆけと申しても、それも嫌だという。相手は礼曹判書の娘だぞ、しかも、一人娘ゆえ、いずれはそなたが名門の当主となれる縁談だ。これ以上の縁はない。大体、そなたの取り柄といえば、女好きのするその綺麗な顔だけであろうが。折角、令嬢がどこぞでそなたを見かけてひとめ惚れしたというのだ、ありがたい話をお受けして、さっさと身の始末をつけてくれ」
 ジュンスは依然として顔を伏せたままだ。
 何を言えども、無反応の息子に、とうとうジョンナムの忍耐も限度を超えたらしい。
「もう、良いっ。そなたの顔なぞ見たくもない。さっさと眼の前から消えろ」
 手を振り、まるで蠅でも追い立てるような身振りだ。
 ジュンスは立ち上がり、それでも黙って父親に一礼して室を出た。隣室に通ずる扉から出てゆくのかと思いきや、彼は廊下側の扉から出てきた。例の屋敷を取り囲む回廊である。
 彼は廊下に佇み、差し込む初夏の陽差しに眼を細めた。
 丁度、紅順が身を隠す茂みとジュンスの間の距離はわずかなものだ。今、紅順には成長したジュンスが余すところなく見えた。
 はっきりとした瞳は涼しげで、その上の眉は綺麗な弓形を描いている。繊細な顔立ちにしてはやや厚めの唇は、情の厚さを示しているのだろうか。深い紺色のパジは、彼の貴公子ぶりをいっそう際立たせている。
 仁賢も細面の端正な面立ちではあるが、ジュンスの美男ぶりは兄の比ではなかった。