韓流時代小説 めざめ~偽りの花嫁は真実の恋を知る~俺より国王を選ぶのか?ー彼の涙に私の心も泣いて | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 二人の彼に囚われて【めざめ】

 ~偽りの花嫁は真実の恋を知る~(前編)

王にはかつて愛した女がいた。
王妃には今も忘れられない男がいる。
そんな二人が夫婦になって、その関係のゆきつくところは?
☆幻の花、蒼い薔薇を巡る恋物語☆
ー「偽装結婚しないか?」
 好きな男がいると打ち明けた私に、あなたはそう言ったー

礼曹参判の一人娘、申美那(シン・ミナ)は17歳。ある日、父に「明日は見合いだ」と告げられた。だが、ミナにはひそかに将来を言い交わした恋人テギルがいる。
しかも、見合い相手というのは今をときめく朝廷の権力者、領議政の孫だと聞いている。
ミナは渋々、父に言われた通り、領議政の屋敷に赴くがー。

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 ミナは懸命に言った。
「そんな方ではないのよ。きっと約束は守って下さる。それに、私たちが平穏に一緒に暮らせる方法はそれが一番良いと私も思うの。三年は長い。テギル、私も最初は長すぎると感じたわ。三年もの間、あなたの顔も見ないで過ごすなんて私にはできないとも。でもね、考えてみて。一生逃げ続ける生活よりは、辛くとも三年間我慢して晴れて一緒にいられる道を選ぶ方が賢くはないかしら」
 テギルが力なく、うなだれた。
「俺に力がないから」
 テギルの声は涙声だった。
「俺が身分のある男だったら、国王に横からお前を奪われることもなかった。旦那さまに結婚を認めて貰えることもできただろう」
「テギル、自分を責めないで。私、待つわ。たとえ三年でも十年でも、あなたと二人きりで晴れて暮らせる日が来るのを待つから」
 ミナも泣きながらテギルに取り縋った。
 二人は抱き合って泣いた。どちらからともなく抱き合ったまま、床に倒れ込む。
 テギルが逞しい手をミナの顔の両脇についた。テギルが真上から覆い被さる体勢である。
「ミナ、俺の生命、俺だけの女」
 呟き、テギルの手がミナのチョゴリの紐にかかった。
「ミナ、悪いが今日、俺はお前を抱く。国王に奪われる前にミナが俺の女だという印をお前の身体に刻んでおきたいんだ」
「テギル!」
 咎めるように呼んでも、抑止力はない。
「俺のどこが悪い? 王と比べて、何が足りないっていうんだ? ただ王として生まれただけの、俺と変わりない男じゃないか」
 テギルはミナの細い手を難なく両手でひと纏めにして持ち上げた。その間も上衣の前結びになった紐を解いてゆく。シュルリという紐の解ける音がしじまにやけに大きく響いた。
「ああ、ミナ。どれだけこの日を待っていたか」
 襟元を大きく開けば、胸には幾重にも布を巻いただけの姿だ。きつく布を巻いているため、豊かなふくらみが強調され、谷間がくっきりと見えている。
 娘盛りの身体は、若いテギルの欲情を完全に燃え立たせてしまったらしい。
「いや! テギル、お願いだから、こんなこと止めて」
 ミナの悲壮な叫びも今の獣の化したテギルには届かない。
「いやーっ」
 ミナは泣きじゃくりながら、嫌々をするように首を振る。
「誰にも渡したくない。お願いだ、大人しく俺を受け入れてくれ」
 かき口説くテギルに、わずかな隙ができた。ミナは見逃さず、渾身の力でテギルの分厚い胸板を押した。突き飛ばされたテギルの身体は、呆気ないほどあっさりと離れた。
 ミナは急いでテギルから距離を取り、乱れた襟元を直す。恐怖のあまり、手が震えて紐が上手く結べない。見かねてテギルが結んでやろうとすると、悲鳴を上げて飛びすさった。
「いやっ」
 そのときのテギルの表情を、ミナは一生忘れることはないだろう。無理に身体を奪われるところだったミナ自身より、奪おうとしたテギルの方がはるかに傷ついた表情をしていた。驚愕、困惑、絶望といったあらゆる感情が男の面をよぎって消えた。
 ミナの涙と必死の抵抗がテギルにとどめを刺そうとするのを思いとどまらせたのだ。我が身が大好きな男にこんな眼をさせているのが哀しかった。
 それほど、テギルの眼(まなこ)は傷つき、のたうち回る手負いの獣のようだった。
 しばらく室内は物音一つなかった。テギルが身じろぎする度、ミナが怯えたように反応を示すからだ。彼を傷つけたくないから止めようとしても、本能に刻み込まれた恐怖はなかなか去ってくれなかった。
「俺はつくづく不甲斐ない男だ」
 テギルは嘆息し、そろりと身体を動かし、片隅の行李を開いた。橙色の巾着を取り出し、逆さに振ると手のひらに何か落ちてくる。
 ミナは息を呑んで眺めていた。テギルが手のひらを無造作に差し出す。
「これ」
 物問いたげに見つめれば、彼は笑った。
「見てのとおり、仏像だ」
「仏像?」
 思わず聞き返さずにはいられない。テギルと仏像というのは、どうも結びつかない。幼い時分から無信心というわけでもないけれど、特に信仰心が厚いというわけでもない。
「住職が教えてくれたんです」
 丁寧な物言いをすることで、己れの中の高ぶる熱をおさえようしているのか。ミナは慣れない他人行儀なテギルの言葉遣いに、今の二人の距離感を感じて哀しかった。
 テギルによれば、観玉寺の老住持は暇なときは彫刻をしているらしい。花、鳥、仏像とありとあらゆるものを造形するらしく、テギルが報われぬ恋に身を焼き苦しんでいるのを見て、気散じにと勧めてくれた。
 最初は住職の見真似でやっていたのだが、始めると愉しく夢中になった。しかも、テギルは花や鳥より、仏を彫るのが一番愉しいと思えた。正直に話すと、住職は
ーそれなら、そなたの思うように御仏のみを彫れば良い。
 と言ってくれ、彼は仏像を彫るようになった。彼が彫るのはすべて手のひらに収まるような小さな仏像ばかりだ。
「今度、逢えるまで持っていて下さい」
 テギルの手から小さな仏を受け取る時、彼の手とミナの手が一瞬触れた。ビクっと肩を揺らしたミナに、テギルは乾いた笑いを上げた。
「情けない男だよ、俺は」
ーまたしても彼を傷つけてしまった。
 ミナが狼狽して見つめるのに、彼は笑みを浮かべた。ミナの大好きな黒い瞳には、もう獰猛な光は微塵もない。いつもの穏やかな彼らしい分別を取り戻している。
「気にしなくて良い。俺が不甲斐ないと自分を責めているのは、何も国王と比べてとかじゃない。大切な、生命に代えても守りたいと願うただ一人の女を泣かせてしまったからだ。こんなザマじゃ、国王にお前の心を盗まれても仕方ないかもしれない」
「テギル、信じて、私はけして心変わりしたりなんかしない」
 ミナの泣きそうな表情に、テギルが心からの笑みを見せた。
「もちろん、信じているとも。俺も頭が冷えれば、国王が提案したとかいう偽装結婚の話も満更じゃないと思える。俺たちにとっては長すぎるほど長い年月になるだろうが、本気で結婚したいと願うなら、地に足の着いた暮らしが良いものな。逃げ回る生活では子どもも満足に育てられないだろうし」
「ありがとう、テギル」
「馬鹿だな、礼を言うのは俺の方だよ。ミナに辛い想いをさせて我慢ばかりさせている。おまけに怖がらせて泣かせてしまった。ごめんな」
 テギルが手を伸ばし、ミナの艶やかな長い髪に触れる。結婚前とて、ミナはまだ長い髪を後ろで一つに編んで垂らしている。
 テギルはその髪を宝物でも愛しむかのように撫でた。
 今度はミナもいつものように安心してテギルに身を預けていられる。二人の間に長年に渡って作り上げてきた愛情と信頼が再び戻った。
「そろそろ宿坊の方に行くわ」
「ああ、その方が良いな。あまりに長い間、俺と二人きりでいれば、流石に住職も良い顔はしないだろう」
 テギルが頷き、ミナは彼の住まいを後にした。金堂まで戻ると、既にナンが村から戻っていた。小間物屋で買ったのか、ナンのお下げには紅梅色のリボンが結ばれている。
 美人ではないが、丸顔にそばかすが散った愛嬌のある娘は、機転も利くし、ミナがテギルとの密会で出かける際はよく動いてくれる。
 ナンは寺の小僧二人と何やら愉しげに話し込んでいる。小僧は共に十歳ほど、口減らしのために近隣の農村から親に連れられてきたのだと聞いている。ナンが何か言うと、小僧二人が笑っている。まだ二人とも親元で甘えて過ごしたい年頃だろうのに、貧しいために寺に入らざるを得なかったのだ。
 けれども、まだ僧侶になれたのは幸運だといえよう。女児であれば、女衒に売られ妓生になる運命を辿る者も多いのだ。僧になれば学問はできるし、食べる物にも不自由はしないし、学で身を立てることも可能だ。
 いずれも過酷な年貢の取り立てに自分たちの食べる米さえままならず、貧しさのあまり、子どもを手放すしかなくなったのだ。
ーミナ、両班や王室の人間だけが富み栄え、民たちだけが貧しさに喘いでいる今のこの国は、どう考えてもおかしい。
 唐突に王の台詞を思い出し、ミナは瞼に浮かんだ面影を消すように、ゆっくりと首を振る。テギルに会いにきて、王を思い出すなんて、おかしいし、どうかしている。きっと今日は色々とありすぎて、テギルの動揺が移ってしまったのだろう。もしくは、まだ、あどけなさの残る顔立ちの小僧を見てしまったから。
 ミナは秘密の恋人にはるばる逢いにきて、未来の良人を思い出した理由を必死で理屈で結論づけようとした。
 そろそろ長い初夏の陽も傾き、壮麗な御堂の甍が黄金色(きんいろ)に輝いていた。視線を転じれば、寺の周囲をぐるりと囲む塀の向こう、はるかに連山が見渡せる。