韓流時代小説 寵愛【承恩】~100日間の花嫁~5歳の王女が女王に即位?英宗の宣言に領議政は焦るが | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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韓流時代小説 寵愛【承恩】
~100日間の花嫁~
 第二部  第三話 冬の足音 
 
前作「炎月」から6年が流れた。
国王英宗のただ一人の御子、紅順公主の母、殿としてときめくセリョン。
国王の寵愛を一身に集める中殿キム氏に周囲から世子誕生の期待がかかる。その重圧に耐えかねるセリョンだったが―。
ある日、「王妃の父」だと名乗る両班が現れた。
そんな中、英宗が溺愛する一粒種の王女が誘拐される。
―私はどうなっても良いの、あの子を無事に返して。
果たして、セリョンの涙の願いは届くのか?
陰謀渦巻く伏魔殿「王宮」で、新たな謀の幕が開く―。
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 かつてはセリョンだけが彼の弱みであったが、今や紅順という幼い娘も含まれている。
 不安と焦燥感で堪らず、王は矢継ぎ早に問うた。
「中殿のこととは一体―」
 言い終わらない中に、またも外から内官の声が聞こえた。
「殿下、領議政チャン・ソクが参っております」
「あい判った、通せ」
 待ちかねたように扉が開く。つい今し方まで話題の中心であった領議政の登場に、英宗もソクチェもやや気まずげに視線を互いから逸らした。
 領議政もただ者ではない、ベテランの政治家だ、この場の空気を敏感にかぎ取ったようで、まずソクチェを一瞥し更に英宗を鋭い視線で見据えた。
「これは失礼、殿下と礼判が長らくご歓談なさるほどお仲がよろしいとは存じませんで。折角、お話が弾んでいるところ、お邪魔を致しましたか?」
「いや、話であればもう済んだ」
 だが、英宗も負けてはいない。知らぬ顔で返し、ソクチェに口調もとげとげしく言った。
「科挙の件については、話すことはもう何もないと幾ら言えば判るのだ。良い加減にせよ」
 まるで知らない者が聞けば、本当に先刻まで科挙のあの例のいざこざを再燃させていたような口ぶりである。ソクチェも心得たもので、ムッとしたような表情で応えた。
「嘆かわしいことですな。明日のこの国を担う大切な人材がかような良い加減なやり方で決められるとは」
 憤然として言い放ち、足音も荒々しく執務室を出ていった。むろん、退室の際の礼などあったものではない。扉が音を立てて閉まった後、チャン・ソクが冷笑した。
「相変わらず不作法な人だ」
 英宗もさも同調するように頷く。
「朕もあの者のしつこさには辟易している。何度も同じ話を蒸し返されて困っていたのだ。そなたが来てくれて助かった」
「殿下のお志はすばらしいものです。功臣の出た家門だからとて、能のない倅に不正をしてまで科挙を受け合格させるなど、あってはならない仕儀です。まさに殿下は大祖大王の再来と巷では民が噂しているとおりでございますな」
 王の前ではひたすら王の意を迎え、異論など差し挟まない。その一方で、王を無視して自分があたかも王であるかのようにふるまう。それがソクの巧妙なやり方だ。この男はそれで英宗を上手く操縦できていると信じている。
―まったく、俺も甘く見られたものだな。
 英宗はほろ苦く思った。これでは礼曹判書に危機感がなさすぎると指摘されても仕方ないかもしれない。
 英宗は先刻までのソクチェとのやりとりを思い出しながら、ソクと向き合った。
「時に舅どの」
 わざとソクを歓ばせてやるために、〝舅〟と呼ぶ。果たして、ソクは途端に機嫌が良くなった。
「何でしょうか」
「そなたの孫と我が王女との縁組みだが」
「はて、そのような話がございましたかな」
 判りきっているのに、わざと空惚けて英宗を焦らせるつもりなのは丸見えだ。
 英宗はソクの思惑にまんまと乗ったふりをした。
「大王大妃さまのお声掛かりだ。無下にもできまい。そこで、そなたの意見を訊いてみたいと思うたのだ」
「はて」
 ソクは勿体ぶった様子で言い、王の様子を推し量るかのように狡猾な表情を浮かべた。
「殿下のお一人しかおられない御子を我が家に戴くなど、あまりに畏れ多いお話にて」
 英宗も深刻そうに言った。
「そこなのだ。舅どのの孫に我が娘を嫁がせれば、そなたと朕の繋がりは更に強固になる。もちろん望ましいところではあるのだが、それでは連綿と続いてきた王室の血が途絶えることになりかねぬ」
「と、言いますと?」
 ソクがいささか苛立ったように続きを促してくる。
 英宗は笑った。ソクの腹の底を見定めんと彼を真正面から見つめる。声が知らず高くなった。
「中殿との間には、一向に次の子ができぬ。もし仮にではあるが、このまま男児が生まれなかった場合、朕のただ一人の子として紅順が王位を継ぐ可能性もあるのではないか」
 ソクの顔色が瞬時に変わった。
「まさか、殿下。そのようなことをお考えなのですか」
 彼はおかしいほど狼狽え、必死に言葉を探している。
「殿下も中殿さまもまだお若い盛り、更におん仲も濃やかなれば、いずれ世子さまご誕生も望めましょう。更に王室には直系ではないとしても、次の王位にふさわしき男子の方々はいらっしゃいますぞ。何もそのように事を急がれずともよろしいのでは」
 むろん、はったりに決まっている。かつて朝鮮がまだ別の国号を名乗っていた昔、女王が立った時代もある。けれど、朝鮮と国号を改めて以来、代々、王が即位してきて女王が立った前例はないのだ。
 今の発言は、あくまでも領議政の腹を読むために水面に石つぶてを投げてみたにすぎない。
 だが、これで腹黒い男が少なくとも孫と王女の婚姻に対して何らかの含むところがあるのだけは判った。まだ、孫を王に仕立て上げようとまで大それたことを考えているかまでは判じ得ないが。
 王女を即位させると臭わせるやいなや、慌てふためいて止めるとは、やはり、この男、自分の孫に王女を娶せたいと望んでいるのか? その先にはソクチェが予言したとおり、王女を妻とした孫を次の王として即位させる目論見が―?
 英宗は縁談の話はひとまず打ち切った。ソクの方も望むところだったらしく、二人は他愛ない会話をしばらく続けて、ソクは恭しく引き取った。
 領議政が出ていった後、英宗は疲れ切って執務室の椅子の背にぐったりともたれた。
 先刻のソクチェとの会話も似たようなものだったが、領議政のやり取りはそれ以上の腹の探り合いだった。
 一体、何がどこで間違って、こんなことになったのか。九年前、セリョンを託した時、この男がここまで堕落するとは考えもしなかった。チャン・ソクほどの男であれば、大切な女を任せられると心から信頼してセリョンの後見を頼んだのだ。そのためにソクの屋敷まで足を運び、頭を下げた。
 あの時、ソクは何と言ったのだったか。英宗の耳奥であの日のソクの科白がありありと甦った。
―私めを信頼して下った殿下のお心に誠心誠意報いる所存にございます。
 王直々の頼みとて、ソクは感涙にむせびさえしていたのだ。
 権力とは、力を欲しいままにふるえる座とは、かくも人を変えてしまうものなのか。英宗の異母兄は既に世子として世継ぎに定まっていたにも拘わらず、父王を毒殺して玉座に座った。そもそも彼が兄を玉座から引きずり下ろす決断をしたのも、それが原因だったのだ。
 それでもまだ兄が王として善政を敷いたのであれば、兄の罪を問うつもりまではなかった。父王暗殺については一生、口外すまいとまで思い定めていたのに、兄は王になるや民を苦しめるだけ苦しめ、自分は享楽な生活に明け暮れた。更には世子となった異母弟―英宗までをも暗殺しようと企てた。
 兄が父、弟、次々と肉親の血に手を染めてまで玉座を欲したのは何故か? 彼はずっと考え続けてきた。恐らく兄は権力という蜜の虜になってしまったのだろう。自分が好きなように力をふるえる場所、それだけの地位。この世でおよそ望んで叶えられぬものはない。そんな座を手放したくなくて、人は自らの手を血に染めるのだろう。
 九年前のチャン・ソクは、間違っても権力欲の塊ではなかった。人並みの野心はあっても、真摯に国のゆく末を憂える忠臣だったはず。ヨクもまた兄同様、権力という甘い蜜に溺れて、我を見失い悪魔に魂を売り渡してしまったのか。
 英宗はドッと疲れを覚えた。身体が鉛のように重く、こめかみから頭の芯にかけてズキズキと疼くような痛みがあった。
「パク内官」
 立ち上がりかけ外にいる内官を呼んだ瞬間、視界がグラリと大きく揺れた。
「殿下? 殿下!」
 扉を控えめに開けたパク内官が叫んだ。彼は英宗より十歳ほど年上の熟練した内官だ。即位前から仕えてくれていたので、気心の知れた間柄で主従というよりは兄に近い信頼を寄せている。
「殿下、しっかりなさって下さい」
 パク内官が咄嗟に支えていなければ、英宗はその場に倒れ、身体を床にしたたか打ち付けたに相違なかった。
「御医を呼べ!」
 いつになく沈着なパク内官の狼狽える声が次第に遠くなってゆく。
 英宗はそのままパク内官の腕に倒れ込み、意識を失った。