韓流時代小説 国王の契約花嫁~罪作りな体だな、王妃―滴るような男の色香を滲ませた、王様の声 | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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小説 国王の契約花嫁 ~最初で最後の恋~

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ひとめ惚れから始まった「契約結婚」。この夫婦関係に未来はあるのか?

国王と「契約結婚」した少女か辿った運命とは?~ある日、町中の古書店で出逢った青年と両班の令嬢ファソン。その青年も上流両班の子息らしく、何と今、都でり大流行の小説「春香伝」の続編を書いているというが―。

「王妃の中の王妃」と後に讃えられた仁貞王后の少女時代。

 

本編最終話【前編】

  永久花~とこしえばな~

 

 

 

 この三年という月日でファソンは花が開くように少女から大人の女に変わった。同様に、カンもまた若者から大人の男へと見事な変貌を遂げた。出逢った頃はまだ背丈ばかりがひょろ長くて手足にもさほど筋肉がついていなかったのに、今はほどよく筋肉もつき、身体つきもがっしりと肩幅が広く胸板も厚くなった。
 執務の合間には武官らと共に武芸に身を入れたお陰か、ファソンよりも白かった膚は小麦色に灼けて風貌も精悍さを増した。
 カンはファソンに魅了されているというけれど、ファソンだって男としても王としてもますます魅力を増した彼に惹かれずにはいられない。
 直に触れてきた指の感触が素肌に熱を点す。
「あっ」
 自分でも信じられないように甘ったるい声が出た。思わず片手で口許を覆う。
 カンと既に数え切れないほどの夜を過ごしてきた身ではあっても、指先で執拗に弄られると、身に憶えのありすぎる感覚が下半身へと連動していくことに今更ながら気付いた。
「感じているのか?」
 直截に問われ、その言葉一つにもカッと頬が火照り、羞恥に白い膚が染まる。あたかも白い木蓮の花がそこはかとなき薄くれないに一部分だけ色づくように。
 触れなば落ちん熟れた女の色香よりも、まだどこか初々しい少女が時折見せる媚態こそが男の欲を煽るのだとはファソンは知る由もない。
「罪作りな身体だな、ファソン」
 カンの少し掠れた声を聞いただけで、ファソンの身体の至る場所に点った熱が上がる。
 滴るような男の色香を滲ませた、声。思わず背筋を心地良い戦慄が駆け抜けた。
 再び伸びてきた手に、ファソンが喘ぎながら懇願した。
「待って、まだ昼間なのに」
 哀願したはずなのに、まるで男を誘うかのような甘く濡れた声。カンの美麗な面に満足げな微笑がひろがったことに気付くゆとりはファソンには既にない。
「悪いが、ここまで煽られたら加減はしてやれん」
 カンは呟きと共に唇をファソンの素肌に落とす。
 若き国王賢宗は先王から仕える古参の老臣たちすら畏怖するほどの切れ者だった。民草には善政を敷く聖君として早くも名を高める一方、私利私欲に走り民から搾取する両班たちからは情け容赦なく断罪する冷酷な王と怖れられている。
 その賢宗もファソンと二人だけのときには、ただの若い男であった。
 若い王は今はただ熱愛する妃の肢体に溺れてゆくだけだった。

 

 

「今夜、また訪ねる」
 まだ陽の明るい中から室に閉じ籠もって嵐のような一刻(ひととき)を過ごしたというのに、カンは帰り際、そんなことを言ってファソンをまた赤面させた。
 カンが大殿に戻ってから、ファソンは文机の前に座った。室に戻った時、カンが庭で髪に飾ってくれた女郎花はチェジンに渡した。心得たチェジンはちゃんと女郎花を一輪挿しに入れてくれていた。
 その一輪挿しは文机に乗っている。透かし彫りの見事な一輪挿しの精緻な模様を何とはなしに指でなぞっていると、チェジンが居室に入ってきた。
「国王殿下はもう中殿さまに夢中でいらっしゃいますね」
 やや下方に座り、チェジンが笑みを含んだ声音で言う。国王夫妻の仲が睦まじいのは、忠実無比なチェジンにとっては我が事以上に嬉しいらしい。
「もう、チェジンったら。そんな言い方は殿下に対して不敬だといつも言っているでしょう」
 ファソンも笑いながら言うのに、チェジンは後生大切そうに抱えていた風呂敷包みを文机に乗せた。
「これは何?」
 ファソンの真っすぐな視線に、チェジンがやや視線を逸らす。
「チェジン?」
 いつも顔を背けたのことない彼女の奇異な仕種に、ファソンは首を傾げた。
「実は昨日、宿下がりした際に姉から受け取ってきたものです。私がかなり前に姉に探して欲しいと頼んでいた品だったので」
 歯切れの悪い物言いも彼女らしくない。ファソンは微笑んだ。
「よほど珍しいものなのね」
 チェジンより七つ上の姉はさる両班の屋敷の使用人に嫁いでいる。執事の息子で、いずれは父親の跡を継いで執事を務めることになる上級使用人だ。ファソンの母ヨンオクの口利きで実現した縁談であった。
 その姉が嫁いだ頃はまだファソンの乳母を務めたチェジンの母ソジも生きていて、
―奥さま(マーニム)のお陰で、またとない良縁を頂けました。
 随分と歓んでいたものだった。
 姉夫婦の間には既に二人の子どもが生まれており、チェジンは宿下がりの折には珍しい菓子や玩具を持って姪や甥に逢うのを愉しみにしている。
 チェジンはファソンより数ヶ月早く生まれただけだ。できればチェジンにも愛する男とめぐり逢い、生涯を添い遂げて幸せになって欲しい。実の姉とも思うだけに、誰よりチェジンの幸せを願っている。
 だが、当のチェジンは結婚する気は毛頭ないらしい。それでもまだ宮仕えする前は
―良い相手がいれば嫁ぎます。
 と言っていたのが、今や結婚する気はないと広言してはばからない。
 しっかり者の彼女にはファソン以上に後宮の水が合うらしいのは皮肉なことでもある。
 チェジンは黙り込んだまま、文机に乗せた空色の風呂敷をゆっくりと解いた。
 中から現れたのは何の変哲もない白い布の塊に見えた。
「何なのかよく判らないわね」
 ファソンが言うと、チェジンが突如として泣き出した。
「中殿さま、どうか浅はかな私のご無礼をお許し下さい」
 チェジンはその場に平伏した。
「これは下穿きにございます」
「下穿き!?」
 チェジンは素っ頓狂な声を上げ、慌てた。
「何故、そのようなものを?」
 わざわざ姉に頼み込んでまで宮殿に持ち帰ったのか。咎めるというよりは純粋な好奇心で訊ねたのである。ファソンはチェジンを心から信頼している。この乳姉妹は絶対にファソンを裏切らないし、常にファソンのことを考えて行動する。
 下着を持ち帰ったのには何か深い理由があるのだろうと察しはついた。返事を待っていると、チェジンがすすり泣きながら言った。
「これは町家の女が一度使ったものにございますが、綺麗に洗っております」
 ファソンはますます訳が判らない。他人の使った下穿きなど幾ら洗濯済みであるからといって、何故、わざわざ頼み込んでまで手に入れる必要があるのだろう?
 チェジンが低い声で言った。
「この下穿きを穿いた女は男の子ばかり八人も生んだそうにございます。男の子だけではなく、女の子も二人、総勢十人の子を次々にあげました」
 ファソンはチェジンの意図を即座に理解した。昔から、こんな迷信がある。たくさんの子に恵まれた経産婦、特に男児をあげた女の身に付けた下穿きを手に入れられれば、子の授からない女も懐妊でき、しかも跡継ぎたる男子を儲けることができるという。
「常民(サンミン)の貧しい女にございます。本来ならば中殿さまのお眼にかけるのさえはばかられるものですが、八人もの男子を産んだ女の下穿きであれば、もしやご利益があるのではないかと半年前に姉に何とか手に入れて欲しいと頼み込んでおりました」
 それからと、これは袖から薄桃色の小さな巾着を取り出した。巾着からは石の破片のようなものが幾つか転がり出てくる。
「こちらは長生きした者の墓石にございます。これを国王さまがお越しの夜、夜具の下に入れておけば、懐妊の兆しが現れると申しますゆえ」
「チェジン」
 ファソンの眼に涙が滲んだ。ファソンの知るチェジンは誰よりも現実的で、およそ迷信めいた話を信じないのは子どもの頃からのことだ。ファソンが幼い頃、暗闇を怖がっても笑い飛ばしていたほどだった。
 そんなチェジンが姉に頼み込んでまで手に入れてくれた多産婦の下穿きと墓石の欠片。理由を知らねば正直、あまり見たいとは思わないものだけれど、今はチェジンの気持ちがありがたかった。
 側室として初めてカンと褥を共にしてからは二年余りが経った。もしかしたら、懐妊できないのを気にしているのは我が身よりも側にいるチェジンの方なのかもしれない。
「ありがとう」
 ファソンは文机の上に乗った下穿きを見つめ、涙ぐんだ眼でチェジンを見た。
 チェジンが拍子抜けしたように言う。
「お怒りにならないのですか、中殿さま。私はてっきり、このような見苦しいものは見たくもないとお怒りになられるのではないかとばかり」
 ファソンは笑った。
「どうして怒ることができるの? あなたは私のために手を尽くして、これらを手に入れてくれたのでしょう」
 王妃付きの尚宮ともなれば、五位の位を賜り、高額な給料も支払われる。だが、恐らく、この薄汚れた下穿き一枚を手に入れるために、チェジンは高い金子を姉に渡したはずだ。墓石はもしかしたら、自ら墓地に忍び込んで手に入れてきたのかもしれない。
 そうまでして手に入れてくれたこれらの品を無下に突き返すことなど、できるはずもない。
「ただ、申し訳ないけれど、下穿きを身につけるのは一日だけにさせてね。流石に他の人のものをずっと穿いているのは気が進まないの」
 ファソンは身分によって人を区別はしない。特権階級だと威張り散らしている両班とその日を精一杯生きている常民、どちらが人としての徳が高いかといえば、むしろ常民の方が人間として尊敬するに値する者が多いというのが現実なのだ。
 そんなファソンだから、常民の女が使っていた下着というのが嫌なわけではない。要するに他人の下着を身につけるということに抵抗があるのだ。
「お墓の石は」
 流石にそれをカンと共寝する床の下に忍ばせるのはと考えてかけていたら、チェジンが慌てて墓石の欠片を引っこめた。
「これはもう、よろしいのです」
 しかし、チェジンの丸い顔には明らかな落胆が浮かんでいる。ファソンは笑って手を差し出した。
「それもありがたく使わせて貰うわ」
「さようにこざいますか、中殿さま」
 チェジンの顔が輝き、一旦は引っこめた墓石をまた差し出す。
「ただし、こちらも一度きりにしてね」