あなたを変える心豊かな暮らしの始め方
  • 18Jul
    • あなたを変えるネガティブ感情の意味とは?

      ライフマスター、齊藤恵です。人は誰もが人生で起きた出来事により、心の奥底にしまっているネガティブな感情を一つや二つ、あるいはもっと抱えて生きています。でもそれは、過去の出来事にとらわれ、自分自身の潜在意識の奥深くにネガティブな感情を「ため込んでいる」状態といえます。例えば、私には上品で素敵な70代の伯母がいるのですが、20代の新婚時代に旦那さんに言われた一言がいまだ忘れられず、「あれだけは許せない」とポロリとこぼされたことがありました。それを聞くと、長い間そう思われながら一緒に生活してきたお気持ちを察せざるをえませんでした。このようにネガティブ感情が心の奥底にずっと残っている間は、本当の幸せは訪れません。 感情の時限爆弾を抱えて生きているようなものです。実は、全ての出来事に偶然はなく、試練と思われるような仕打ちや、裏切りといったものにもちゃんとした意味があります。それは、ゆるし、のためです。私たちは、最終的に魂の成長を遂げる、つまりは自分自身の魂レベルを上げていく、それが人生の道のりだと言われています。そのために、人生の辛酸を経験して、それを乗り越えてマイナス感情を手放す、といったプロセスを経験するのです。それにより、かけがえのない幸せを手に入れひいては一番の魂の成長を手にすることができます。ゆるし、は魂の成長のためなのです。その一例として、私に起こったゆるしの出来事をお話いたします。 この春、父は認知症を受け入れました。それまでの抵抗が嘘だったかのように、看護師の方が驚くほど静かに現実を受け入れたそうです。 いつもは父の誕生美のお祝いなどしない私ですが、今年は父の誕生日に合わせて家族のフォトコラージュを作ってみました。古い記憶でも刺激になるかもしれないし、何かの気力の足しにしてもらえればと思ったのです。 実のところ、私は長い間父に反感を持って生きてきました。 父は人をコントロールする意向の強い人で、かつ、感情を爆発させることが私には我慢ならなかったのです。 その意識的、無意識的な影響は図り知れず、私の人生の様々な局面に深く及んでいます。 てすから、この感情は一生なくならないと固く信じる反面、私が自分の人生を生きるためには、何とかしなくてはいけないもので、とも思っていました。 そんな矢先にこの認知症のことが分かり、突如大きな変化が起こりました。 認知症が分かって1週間後、私は両親の家に帰省しました。すると、父は私に向かって、 「次会ったときは、恵のこと、忘れちゃってるかもしれないね」 と言ったのです。 さすがの私も溢れる涙を止めることができず、父にずっと言えなかった言葉をようやく伝えることができました。  「そんなこと言わないで・・・。 ・・これまで本当にありがとう」 すると、これまで父にひどいことをされ、「絶対に許せない!」と思っていた殆どのことを思い出さなくなり、何をされたからあんなに許せなかったんだろう、とまで思うようになりました。 ゆるす、という行為は、相手を許すことではなく自分を許すこと、と言われます。つまり、自分の中の負の感情を解放する、ということなのです。 そのゆるしが私にも起こった瞬間でした。 そしてその後、私自身の人生の探求も含め、あらゆる物事が引き寄せられるようにどんどんと加速的に変化していったのでした。そのお話は、また後日。いつもご訪問ありがとうございます。応援していただけると嬉しいです! ↓↓↓人気ブログランキングコーチングランキング自己啓発ランキング心理学ランキング生活・文化ランキング引き寄せの法則ランキング

  • 13Jul
    • 人生の車線変更したきっかけとは?

      修行してるみたいだねって、よく言われます。まあ、それに近いですが、いやいや人生の探求をしているんです!いろんなことしてるのは、アプローチに過ぎません。 例えば、茶室にて書の作品作り。合間に抹茶で一息。 なんかすごくいい、のです!!私のありたい姿に限りなく近くて。 じつは、ずっと誰にも言えなかった私の秘密を公開しますと、本当は、大学で美術を専攻したかったのでした。 でも、将来国際協力に携わりたい夢もあり、自然科学の道を選びました。 それから先、四半世紀近く自然科学と国際協力のの専門家としての道を歩んで、でも、6回も身体を壊したところで、はたと気がつかされました。 眉間にシワを寄せて、あれが悪い、この人が悪い、でもあれが分からない、これも問題が解決できない、と心身をすり減らしていた頃、反面、途上国の社会問題に貢献しているんだ、と変な自負を持っていた私に向かって、友人が一言。 「めぐちゃん、苦しんで苦手なことするからこそ成長するって考えは、違うよ。心が、魂が楽しんでやることに成長があるんだよ」 !!!!!そんな視点があるなんて!!??私には衝撃でした。 それが六年前。この一言がきっかけとなって、以後その真意を探求しています。続く。この記事がいいと思われましたら、「いいね」をお願いいたします。人気ブログランキングへ ブログ王ランキングに参加中! にほんブログ村ーーー齊藤恵スピリチュアルライフコーチ、茶道家。専門は景観生態学と国際開発学。武道や書道も嗜み様々な視点で生きる喜びを探求する。得意技は人生の青写真を浮き上がらせ、本当の自分を見いだす12ステップライフコーチング。ただいま、体験セッションモニター3名様限定で募集中!▶お申込みはコチラhttps://39auto.biz/retreathouse/registp.php?pid=7ーーー

  • 13Oct
    • あなたを変える師匠の存在-3 

      ライフマスターmegです。今回は空手の師について雑感を綴ってみたいと思います。実は、大学で空手に出会い、以来24年間、断続的に続けています。飽きっぽい私ですが、よく続いてきたもんだなあ、と自分で感心してしまいます。(昨年、OB合宿で仲良くなった外国の道友)さて、出会った大学空手部は、所属していた流派といざこざがあり、脱会して大学空手部独自に稽古をしている特異な存在です。そのため、何々流派である、とは名乗りづらい状態ですが、沖縄古武術の流れをくんでいて、一般に江上空手とも呼ばれます。そんなわけで、稽古をつけてくれた人たちは、大学を卒業したOB達でした。審査もOB達によってなされます。普段の稽古から合宿まで、OB達がこぞって参加して稽古をつけてくれました。ですので、一人の師、という存在をあまり意識しないまま4年間が過ぎました。というのも、私は結構いい加減なので、なんの流派の何段だから、をあんまり気にしなかったんです。加えて、自分の年齢の倍以上離れた沢山のOB達と稽古をし、夜遅くまで一緒に飲んで語り、その多様な生き方、考え方、人のあり方を見習うことのほうに価値を見出していたからだと思います。飲み会が楽しくて入った空手部でしたが、「素晴らしい人になりたい」そう思って稽古を続けてきました。魅力的なOB達との触れ合いを踏まえ、「空手をすると、 そんな軸と幅をもった人間になれるんだ」と密かに確信をしていたからなのだと思います。ここで、自分の大半の価値観が作られたように思います。ですから、師は表立っていなくて、あえていうなら、複数のOB達から醸し出される共通部分を模範にしてきました。とはいえ、なんとなく師弟関係には憧れがありました。でも、現実世界で師弟関係にリアルに触れられる機会は、あるようでなかなかありません。私が「師弟関係ってこういう感じなのね〜」と、リアルに目の当たりにしたのは、卒業後のことです。その師弟とは、C大学で教鞭をとっていたM先生と、同大学学生のN君。やはり空手を通じて出会った道友です。M先生は、江上空手の江上先生の直弟子。私の大学空手部が某流派から脱会して以降、表立って稽古をつけに来られない状態ではありましたが、私の大学にて、公式の体育の授業を受け持つなど、交流は断絶されてはいませんでした。学生時代は、M先生を囲む焼肉大会を催してワイワイと食べて飲んでよく無礼を働いてしまったように思います・・。(ごめんなさい・・)一方、N君は私の4つくらい下なのですが、M先生を慕い、敬い、一挙一投足に気を配り、真似しようと先生についてまわっていた、子犬のような子。今は助手の職を得るなど出世しましたが基本、子犬感が変わらない(笑)N君は、目をキラキラさせて素直な発言をする性格で、一言で言うと、憎めないヤツ。M先生は、というと、これまた人徳のある方で、そのようなN君を、「こら、N! こいつはホントにバカだなあ!」とN君を可愛がっていることがよく分かる発言をするのが、私は好きでした。なぜこの二人に注目したかというと、なんかうらやましいな、って思ったからです。礼儀を踏まえて、という大前提はありますが、なんでも相談できそうで、空手という分野においても、人生という道程においても、「あなたについていきます!」「よし、面倒見てやるぞ!」という絆。側で見ている側も、なんだか勇気付けられる人間関係です。というわけで、私自身の空手の師は、複数のOBたちなわけですが、実は、密かに慕っている方がいたりします。その方との出会いや心に残る言葉については、また次回に。

    • あなたを変える師匠の存在-2(恩師のユニーク語録集)

      ライフマスターmegです。今回は、私の3人の師について記したいと思います。3人の師とは、人生の師、空手の師、茶道の師です。大変失礼なことに、私が3人の師をいわゆる「師」なんだ、と認識したのは、出会ってから数年以上経ってのことです。どういうことかというと、いつの間にかある特定の人に教えを請うようになっていて、その生き方や考え方そのものに感化されていた、ということです。茶道なら茶道、空手なら空手、人生で迷ったときなど、において、ふと、この人ならどうするだろう、この人ならどう振る舞うだろう、この人の教えを踏まえよう、あの人のようになるには?あの言葉の意味はなんだったのだろう、と頭の中に師匠達の顔、しぐさ、雰囲気が蘇り、模範としてきたことに気がついたからです。知らず知らずして、薫陶を受けていた、とも言えるかもしれません。さて、最初に記したいのは、一番深い人生の師、いわゆる「恩師」について。恩師は、出身大学の研究室の教授、亀山章先生といいます。先生はとても穏やかな風貌ですが、一度見たら忘れられません。初めてその姿を教壇で見たときに、なんでニコニコ歯を見せながらしゃべることができるんだろうって不思議に思いました。1992年に講義を受けて以来ですから、24年間という、長い間、つかず離れず、面倒をかけてきたように思います。先日も「めぐ、飲みにおいでよ〜」と誘われて、先生のオフィスに飲みに出かけてきました。そしたら、思いがけない言葉を言われました。「メグ、成長したねえ! そういえば、24年間、ずーっとボクが観察してきた人は、メグだけだよ」と。観察っていうのは、言葉悪いけれどね、と付け加えていました(笑)お、恐れ入ります・・.できの悪い生徒ほど可愛い、とはよく言いますが、わたしもその例に当てはまります・・.在学時代から、いえ、社会人になってからなおさら、私は結構な問題児だったんです。私が研究そっちのけで空手や飲みに明け暮れてた学生時代も、社会に馴染めなくて粗暴だった新入社員時も、止むを得ず海外から引き上げて涙に暮れていた時も、父との不和に文句タラタラの時も、仕事で心身の不調に陥った時も、恋愛でボロボロだったときも、メグ、飲もうよ〜☺️そういうもんだよね、ま、いいじゃないか、と、先生特有のユーモアでオフィスに私を喜んで迎えてくれました。先生自らツマミやビールを用意して待っててくれます。それは、今でも変わりません。さて、問題児のわたしがどれだけ問題児だったか、今の優等生的な私だけを知る方には想像し難いかもしれません。例えば、●朝10時の研究室の発表に出席しないことなんかざら。(空手の稽古の後に呑んだくれていたから)(写真は社会人になって多少丸くなってからのものです)●卒論の研究テーマも4年生の夏まで決められず。●データはわたしのものだけど、中身は、ほとんど先生の文章。●卒論は、仲間に製本を頼んで、卒業旅行に行ってしまうほど。そのくせ、アルコールには滅法強かったものですから、研究室の飲み会では、中心になって騒ぎます。卒業しても、研究室で飲みつぶれてしまったこともありました。そんな私を、先生は、ニコニコと笑って、「飲もうよ〜」「いいね〜、メグはお酒強いねえ!」そして、たまに「こら!それはダメ!なんでかっていうとね・・・」と優しく、ニコニコしながら叱ってくれました。叱るって、結構難しい技なんじゃないかなって思います。先生の叱り方は、怒られた、という感覚のないもので、注意された一言が胸に残るようなものでした。あれはどういう意味だったのだろうか、と後から深く考えさせられるようなものでした。先生とのエピソードはたくさんあって言い出したらきりがないほどです。でも、迷ったときに思い出す先生の言葉は決まっています。それを語録集にしてみました。【先生語録1】「朝、目が覚めて、今日は何が起こるかなってワクワクするじゃない?」(いや、しないですよ、先生・・)【先生語録2】「こういう単純作業はね、いかに楽しくやるのかがコツなんだよ。ボク、そういうの得意なんだよね」(え、切手をひたすら貼る作業ですよ、先生・・)【先生語録3】「そうだよね、生きるって大変なんだよ〜(とじっと見つめられる)」(え、先生もそうなんですか・・?楽チンそうに見えますが?)【先生語録4】「面白い仕事ほど、給料は安いんだよ。つまんない仕事ほどね、給料が高いもんなんだよ」 (え?先生つまんない仕事しているとき、あるんですか?いつも楽しそうなんですけれど・・。)【先生語録5】「足が寒かったからね、足をあっためるために結婚したんだよ」(え?先生、そんな単純でいいんですか、結婚て??)とまあ、こんな感じです。今書いてみても思いますが、さらりと言うその言葉が先生の声や顔、雰囲気とともに生き生きと蘇り、その真意はなんなのか、とやはりまた考えさせられてしまいます。語録1〜4までは実感の伴うものになってきた感はあるのですが、いまだ未婚の私は語録5は、無理かも、と思う今日この頃・・。先生は、大学退官後も沢山の教え子や関係者が押しかけて、要約すると、「人望の厚い人」「徳の高い人」になるかと思います。私自身、今、人に茶道や英語を教える立場になり、迷いが多々あるけれど、人として、理想の存在を考えたら先生かなーと思っています。 先生のように、人望厚く、相手に1人の人間として向き合い、人の心に深く響く存在になれたらいいな、って。まだそれは、体現するにはほど遠いけれど、こんな師がいることがとても幸せなんだということに最近気がついた次第です。最後に最新の先生語録を。「メグは世の中に望むものがあるんだね。 ピ ュアな心だね。マザーテレサがちょっと見えたような気が するよ。」(先生、マザーテレサに失礼なのでは・・?)次回、空手の師に続きます。-----------------------------------------ライフマスターmegの頭の中を解禁メルマガ【トリリンガルの頭の中】「1日3分」読んで妄想して英語脳に! ご登録はコチラ=>http://megsretreat.com/mgzn-fb/-----------------------------------------いつもご訪問ありがとうございます。応援していただけると嬉しいです! ↓↓↓人気ブログランキングへ人気ブログランキングへブログ王ランキングに参加中!にほんブログ村

  • 06Oct
    • あなたを変える師匠の存在

      私は海外ドラマ、しかも韓国歴史物にはまる時期があります。今週、つい、はまってしまった韓国ドラマ「火の女神 ジョンイ」を連続2日間(!)で見終えてしまいました。そこで、師について深く考えるに至りましたので、それを綴ってみようと思います。このドラマは、陶工を目指す少女・ジョンイのいわゆる成長物語なのですが、私はその師匠の言動に注目をしていました。師匠はおじいさん(シニアという意味の)です。年の功を醸しながら少女・ジョンイを暖かく見守り、自分の知識や技術を背中で見せつつ、時には叱咤激励し、時には、おじいさんらしく甘えさせます。どのタイミングで何を言えば良いのか、機を見計らってジョンイを導いていくのに長けています。この師匠を見ていると、「やってみせ、 言って聞かせて、 させてみて、 ほめてやらねば、 人は動かじ」という、山本五十六の言葉がぽっと浮かんできました。山本五十六は、大東亜戦争(太平洋戦争)の連合艦隊司令長官。山本五十六個人に対して私は詳しくは知りません。でも、この言葉はかなり有名ですよね。人を育てること、そのものを、言葉通りに示していると思います。翻ってドラマに戻ります。このドラマ、師弟関係が幾つも出て、それがまた、とても対比的で考えさせられます。素晴らしいお爺さん師匠と少女の師弟関係が非の打ち所のない影響を与え合う関係だとすれば、師でもある父親が、立身欲のために息子を不義に染めていく師弟関係は、社会悪ありきな師の価値観が、真っ当で素直だった弟子に移ってしまうという関係。義理人情の厚い商人の女傑と、その女傑を越えたいがばかりに、信頼を裏切る(別の)可憐な少女の関係は、師の尊さが伝わることがなく、間違った選択をしてしまう弟子という関係。しかし、また、この3つの師弟関係を見てわかるのは、弟子の器次第であるともいえるのです。何をお手本にするのか、その心がけや対応の取捨選択はいつも弟子の手中にあるということです。師の教えがいかによくとも、それを受け取る器がなければ、吸収することはできません。いわゆる禅語の「啐啄同時」。師と弟子の働きが合致すること。啐は、鶏の卵が孵る時、空の中で雛がつつく音。啄は、母鶏が殻をかみ破ること。(引用:広辞苑)ふうむ。少女・ジョンイとおじいさん師匠はまさにそんな感じ。さらに、弟子が誰を師とするかという意味においては、こんな孔子の言葉を次に思い出しました。「子曰く、我れ三人行えば必ず我が師有り。 其の善き者を択びてこれに従う。 其の善からざる者にしてこれを改む」意味は、人が三人行動すれば、必ず師となる者を必ず見つけられる。優れた者はお手本になるし、劣っている者には、その行動を真似しないように心がければ、これもまた立派なお手本になる。友達の悪に染まったというのは言い逃れだよ。ということです。(佐久協著:高校生が感動した「論語」より引用)むぅ・・・、そうですね・・。自分を振り返ると、反面教師の人というのは相当強烈な印象を残し、私の教訓になっています。私には3人の師がいますが、それ以上の教えを私に残してくれたのが、反面教師の方々でした。さて、長くなってきましたね。次回は、私の3人の師について綴ろうと思います。といいつつ・・最後に、もう一つ言い残したことを。実は、前述した山本五十六の言葉には続きがあります。「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」これ全部できている人は、相当な賢人、指導者ですね。私も相手への尊重をもってして、他者に接していきたいと強く思います。気に入っていただけましたら、いいね、を教えてくださいませ〜。では、私の師について、続きは次回をお待ちください。 いつもご訪問ありがとうございます。 応援していただけると嬉しいです!  ↓↓↓人気ブログランキングへ人気ブログランキングへブログ王ランキングに参加中! にほんブログ村

  • 22Sep
    • あなたを変えるドキュメンタリー映画「世界の果ての通学路」

      グローバルな視点で日本の心を語る、ライフマスターのmegです。お届けするブログは、「あなたを変える 心豊かな 暮らしの始め方」実は、「いつだって、 地球の誰かの営みに 一番深く感動する」(クリス智子/パーソナリティ)という、言葉に背中を押されて始めました。というのも、 私の日常が、多くの友人達の「心と体のリセット」に大きな影響を及ぼしていることに気がついたからです。私がこの生活を始めて丸2年。「生きる喜びを感じる、 地に足のついた生活をしたい」そう思い、途上国を支援する国際的な舞台から身を引き、東京に近い埼玉の郊外で自分の心と体が喜ぶ営みを実践しています。このブログでは、megがマスターしている3つの領域の3つの視点で綴っていきたいと思います。ーーーーーーーーーーーーーーーー(1)アジア中心の国際的な経験(2)自然環境保全のスペシャリスト(3)武道や茶道の実践者ーーーーーーーーーーーーーーーーmegが目にしたもの、気づいたこと、感動したことについて、お届けできたらいいかと思ってます。どうか、私の営みや、暮らしを見つめる視点があなたを変えるきっかけになりますように。さて、初回の今回は、ドキュメンタリー映画「世界の果ての通学路」のご紹介です。http://www.sekai-tsugakuro.com/というのも、冒頭の 「いつだって、 地球の誰かの営みに 一番深く感動する」これは、この映画をみた、クリス智子さんのコメントだから。私はこれを観て、ーーーーーーーーーーーーささやかな自分の生活にこそ、生きる喜びがあるということをを忘れてしまった人にこれを見て欲しい。ーーーーーーーーーーーーそう思いました。どんなに困難に遭遇しても、目を輝かせ、前に進む子供達と、たくさんの愛で見守る家族。もうただただ、胸がジーンとなるからです。実は私、2004年から2005年にかけて、ミャンマーの僻地で学校建設の仕事をしていました。 毎日、山奥まで数時間かけて出向き、30余りの村々を回っていました。だから、ある程度、僻地の学校のことについては知っていたつもりでした。でも、この映画を見て、子供達がどんなに過酷な環境で、命をかけて学校に通い、その過程で大きな学びを得ているのかを、私は想像していなかったことを知りました。アフリカ、モロッコ、アルゼンチン、インド。 4つの国の兄弟達が大自然に向き合い、真剣に、ひたむきに生きる姿。私が特に胸を打たれたのは、アフリカとインドの兄弟です。ーーーーーーーーーーーーアフリカ、ケニア学校まで15キロ、2時間(!)ーーーーーーーーーーーー距離だけでもクラクラします。さらにクラクラするのは、その環境です。 サファリにある家を出て学校に行くには、危険な象を慎重に避ける必要があるのです。妹と一緒にサファリを駆け抜ける兄、ジャクソン。 それでも象に遭遇してしまい、全速力で走り、物陰に息を潜める兄と妹に、これが実話であることの恐ろしさを感じます。 そして、学校で国旗を掲揚する当日の係として時間に間に合い、誇らしげに国旗を掲げる兄の姿、それを見つめる妹の姿に、ジーンとします。 自分自身が忘れていた、幼い頃のひたむきさに向き合ったような気がしました。ーーーーーーーーーーーーインド、ベンガル湾。学校まで4キロ、1時間15分。ーーーーーーーーーーーーなあんだ、インドか。たった4キロなら軽いんじゃないの?そう思った私は、数十分後、深く自分の「思い込み」を反省することになります。手作り感満載の車椅子の兄を前から後ろから押しながら砂地や川を越え喧嘩しながら進む3人兄弟。涙せずにはいられないのは、車椅子のサミュエルの笑顔と大好きな兄に飛びつく弟。車椅子が壊れるハプニングに遭遇しながら、学校に着いた途端、5、6人の友人があっという間にサミュエルを取り囲み、嬉しそうに連れ立って校舎に入っていく。こんなの、日本にいま、残っているのだろうか??最後に、サミュエルはこう言います。「立派な大人になりたい。 普通、僕のような子供は 学校に通わせてもらえない。 僕と一緒に勉強してた ある女の子は 障害もないし、頭も良かった。 でも両親に退学させられた。 家は金持ちなのに。 僕の家は貧乏だけど 学校にかせてくれる。 感謝しなきゃ」..頭が下がります。さらに、サミュエルはこう続けるのです。 「何も持たずに生まれ 何も持たずに死ぬ それが人間だよね。 将来は医者になり 僕のような子供を 歩けるようにしてあげたい。 それが僕の夢 僕のゴールだ そう決めているんだ」最後に、海辺でじゃれ合いながら、歩くリハビリをするサミュエルと家族のシーンが映し出されます。 母親とガブリエルとエマニュエル。いつか兄が歩けるようになり医者になると信じているのが、その幸せそうな笑顔からわかります。その笑顔には、悲嘆などかけらもないのです。「私たちは、 地球の誰かの営みに 一番深く感動する」これをみたら、間違えなく心を動かされ、周りの世界が違って見えることと思います。http://www.sekai-tsugakuro.com/この記事がいいと思われましたら、「いいね」をお願いいたします。 人気ブログランキングへブログ王ランキングに参加中!にほんブログ村