獅子てんや・瀬戸わんや | スチャラカでスーダラな日々

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故・植木等氏の御冥福に因んでkeiのスーダラな日々を紹介します。故人の映画のようにスイスイと軽妙な人生を送りたいものです☆彡

獅子てんや・瀬戸わんや

獅子てんや・瀬戸わんや獅子てんや・瀬戸わんや、略称:てんやわんやは、戦後長きに亘り活躍した漫才コンビ。大柄のてんやが、小柄で額の禿げ上がったわんやをいびり、わんやがムキになって怒るスタイルで人気を博した。警察官と役人という、二人共堅い前職の持ち主だった。

内海突破の兄弟弟子同士で、1952年(昭和27年)コンビ結成。芸名は獅子文六のベストセラー小説「てんやわんや」から頂いた。大塚駅前天祖神社の夏祭りで初舞台を踏み、ドサ回りで習練を積んだ。

1956年(昭和31年)産経新聞社主催若手漫才コンクールに国定忠治の出し物で一位、翌年の第1回NHK新人漫才コンクールにも「世界旅行をかえりみて」というネタで優勝し、並居る若手漫才の中で図抜ける。新作に取り組む姿勢は積極的で、その中から「ひよこと卵」「なんで行ったの」などの定番ネタが磨かれた。

1966年(昭和41年)から約14年間放送されたTBS『家族そろって歌合戦』の司会でも全国的人気を博した他、1967年(昭和42年)に第7回日本放送作家協会大衆芸能賞受賞、フジテレビ放送演芸大賞も二度受賞し、テレビ・ラジオで重宝がられる。

正月席などハレの場では、鼓・扇を持ち三河万歳を陽気に披露していた。「外れ」のない安定感は抜群で、下卑た話題を避け芸が綺麗なことから東京演芸界中とりわけ優等生的な地位に就き、関西のいとし・こいしと双璧とする評もあったが、その反面コンビ仲は決して良くなかったとされる。

特にわんやが健康面に不安を抱えた1970年代中頃から、思うような反応を見せられないわんやに対し、てんやが客前で苛立った表情を露にするようになり、それに対してわんやが不貞腐るなど、稽古不足も相俟って晩年の舞台は荒れて行った。1987年(昭和62年)遂にわんやが病に倒れて活動休止、そのまま復帰叶わず亡くなり、コンビも自然消滅した。

「たまごの親じゃ、ピーヨコちゃんじゃ。ぴっぴっピーヨコちゃんじゃ、アヒルじゃがぁがぁ。」
「いーとこはーとこいとはとこ」
岡山のおばあちゃんネタ「何で行ったんだ」
しつこく何度もてんやさんが聞きわんやさんが、 いちいち最初から何度も、法事で行った旨を説明し、 しまいに、興奮して泣き叫ぶ。 「いいか、冷静に行こう、何でいったんだ」 落ちは「バス、飛行機、電車、船」で落ち着く。