ラファエロやダ・ヴィンチのような有名な画家とは別に、教会に飾られている、「イコン」と呼ばれる絵があります。
前に、Eテレの「日曜美術館」で、日本で最初のイコン画家となった、山下りんを取り上げていました。
幕末の下級藩士の家に生まれ、幼い頃父を亡くし、貧しいながらも絵の好きな少女だったりん。
絵を学ぼうと15歳で家出し、3日間歩いて上京したこともあるそうです。
日本画、浮世絵を学んだ後、西洋画に出会います。
工部美術学校が設立された時に、女子学生の一期生として入学。
この時の同窓生の影響でハリストス正教に入信します。
そして、ニコライ大主教の勧めで、イコンを学ぶ為に単身ロシアに渡りました。
しかし、留学先の修道院で主流だったのは、りんの好む西洋絵画の作風ではありませんでした。
りんは「おばけ絵」と呼んで嫌っていたそうです。
その後、わかっているだけでも300点以上のイコンを作成しました。
東北にも彼女のイコンが残されており、震災で傷ついた人の心を癒しています。
イコンは作者がサインを残すことはないため、、作者不明とされている作品もあるでしょう。
彼女の描く絵は、何ともいえない温かみがあり、見る者を包み込んでくれるような優しさと美を感じます。
↑りんのイコンです
開国間もない明治の時代に、たった一人でロシアに留学するなんて、凄く勇気がありますよね。
家出したこともあるくらいだから、好きなことにはまっしぐらな方だったのでしょう。
帰国してから留学経験を語ることもなく、人付き合いも少なく、ひたすらアトリエにこもっていたそうです。
61歳で郷里に戻ってからは、目を悪くしたこともあって絵を描くこともなかったとか。
情熱を傾けた絵を断念なんて、さぞ失意の日々を・・・と思いきや、そんなことはなく。
畑で野菜を作ったり、野草を摘んだり、人付き合いを好まなかったのはそのままだったようですが、毎晩晩酌を楽しみ、愚痴らず退屈せず81歳で亡くなるまで楽しそうに暮らしていたとか。
絵に関しては、「やるだけやった」という心境だったのかな~?
神戸に彼女のイコンを所蔵じている教会があるので、一度見に行ってみたいです。
で・・・・番組を見た時に私が何を感じたかと言うと、私の描いている本質天使アートも、一種のイコンかな、ということなんです(おこがましいですが)。
イコン・・・英語読みだとアイコン。
ファッションアイコンという言葉もあるけど、どうしてもこういうの


を思い浮かべちゃう。心の支えとなるイコンが、マリアさまやキリストではなく、神としての自分自身を描いているのって、良くないスか?
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