【小さな狂いが、大きな狂いに】
僕は吹奏楽部を辞めなかった。
実は、O君から部活を辞めて、バンドに専念してくれと言われていた。
それもあって、部活を辞めようとも思った。
でも、僕は決意した。部活は辞めない。
僕は、O君の家に行って、部活は辞めないと告げた。
O君は、きっと嫌な顔をすると思ったが、意外とそうでもなかった。
「まぁ、辻の性格は昔から知ってるよ。負けず嫌いだもんな。途中で辞めるなんてやっぱりしないよな。」
そう言うと、ギターを触りだした。
しばらくして、O君が。
「なぁ、ライブなんだけどさ、ここでやらないか?」
そういうと、チラシを渡してきた。
見ると、千葉にある写真スタジオだった。
「ここ、写真スタジオだぞ?ライブやるならライブハウスなんじゃないの?」
そう言うと、O君は。
「よく見ろよ、ここの2階がフリースペースらしくて、バンドのライブで使えるって書いてあるぞ。」
確かに書いてあった。
しかし、レンタル料が相当高かった。
到底、高校生が気前よく払える額ではなかった。
「なぁ、それは良いかもしれないけど、レンタル料はどうするんだよ。かなりの額だぞ。」
「それは、チケット代で払えばいいだろ?」
O君はそう答えた。
「チケット代って言っても、誰が見にくるんだよ。そもそもチケット代はいくらで考えてるんだ?」
O君は、すこしめんどくさそうな顔して応えた。
「チケット代は1500円くらいでいいだろう。地元の仲間とか、高校の友達連れて来ればいいだろう?」
とてもじゃないが現実的と思えなかった。
仮に1500円だとしても、80人近く呼ぶ必要があった。

「とりあえず、Y君とN君、K君に相談して決めようぜ。」
僕はO君にそう言うと。
「来週のリハで言うよ。」
機嫌悪そうにO君は答えた。
僕はその日は、何も言わずにO君の家を出た。

帰りの途中、N君の家に寄った。
小学校、中学校とあまり話す機会がなかったN君だが、次第に仲が良くなり、
たまにN君の家に寄る事が増えた。
N君は快く部屋に通してくれた。

さっきO君に言われた話をしてみた。
するとN君は、笑いながら。
「それは無理だよね。うん。無理。それにO君、全然弾けてないし。」
僕は驚いた。
「そうなの?O君、弾けてないの?」
「うん、ほとんど弾いてないよ。自分が弾けるところしか弾いてないよ。」
当時の僕は、ヒアリング能力がまるで無く、O君が弾けていない事に気が付かなかった。
「Y君だって気が付いてるよ。あいつ全然弾いてないのに、偉そうでってよく言ってるよ。」
それからN君に具体的に、どの辺りが弾けていないのか。
今までのリハ音源を聴きながら教えてもらった。

説明を終えると、N君は自分のギターを手に取った。
そして、今リハーサルでやっている曲を弾いてくれた。
O君の部屋で聞く、O君のプレイとはまるで違う。
音が綺麗だった。
確かに、N君の方が上手いとは思っていたが、ここまで上手いとは思わなかった。
そして、N君は紅も弾いてくれた。
完璧だった。僕の耳でも、分かるくらい上手かった。

【意外な提案】
そして、リハーサルの日。
僕は、O君がみんなにライブの話をすると思っていた。
しかし、結果を言えば、O君は何も言わなかった。
リハが終わり、ロビーで談笑している時にライブの話をした。
するとO君は。
「あの話はとりあえず無し。今は練習に集中しよう。」
そう言うと、K君と帰っていった。

残された3人で帰った。
地元の駅に着いて、Y君は用事があるとの事で、N君と帰る事に。
しばらく無言が続いたが、N君が話しだした。
「つじさ、急に上手くなったよね。なにかあったの?」
この頃から、部活でも楽譜が読める様になり、どうやって演奏したらいいのか。
少し分かり始めていた。
「う~ん。部活の練習のお陰かな。」
「今度さ、2人でスタジオ入らない?やる曲はDICEをやろうよ。」
「まってよ、あの曲、ツーバスの曲じゃん!」
「いいよ、そこはテキトーでさ!」
N君は笑ってた。
僕は自信なかったが、スタジオに入る約束をして、N君と別れた。

今まで挑戦したこともない、ツーバスの曲。
そもそも自分のペダルなんてもってないし、ツーバスなんて踏んだ事もない。
僕は家に帰って、少しでも情報を得ようと、毎月買っていたドラムマガジンを読み漁った。
少しでもツーバスに関する記事を探した。
すると、ツインペダルを使うのが、近年では一般的になってきている事を知った。
僕はスタジオに電話をして、N君と二人でリハーサルをする予約をした。
ついでにツインペダルの事も相談した。
見た事もなかったので、使い方が分からないと話したら、当日組み立て方を教えてくれる事になった。
僕は電話を切ると、またドラムマガジンを読み漁った。
リハーサルまでに少しでも知識を入れておこう。

気がつけば、季節は冬になっていた。

【成長】
N君と2人だけのリハーサルの日。
スタジオに到着して、スタッフの方にツインペダルの組み立て方を教わった。
N君も、物珍しそうな顔で覗き込んできた。
正直、1回の説明で僕は理解出来ず、その後も何度も組み立て方を教わる事となる、、、。

今まで、バンドメンバーとしかスタジオに入った事がなかったから、部屋が異様に広く感じた。
お互い、無言でセッティングをする。
しばらくすると、N君のギターサウンドが響く。
(あぁ、、、やっぱり上手いな。)
僕は改めて感じた。

「じゃぁ、やろうか。」
僕は思いっきり叩こう。そう決意し、カウントをする。
hideさんのDICE。ぱっと聞いた感じでは、そこまでドラムは難しい印象を受けないが、ツーバスを踏み続ける曲で、
なかなかの難易度の曲だ。
僕は慣れないツインペダルに苦戦しながらも、叩き続けた。
演奏が終わると、N君は何も言わずに、カセットデッキの録音ボタンを押した。
もう一回という意味だ。
僕は再度カウントをする。
さっきよりも、手応えがある!
何よりも、バンドのリハーサルでは感じられない緊張感がある。
少しでも間違えたらダメだ。N君の演奏には緊張感があった。
ガチガチという意味ではなく、ピンと空気が張り詰める。そういう緊張感があった。

2回目の演奏が終わるが、N君は録音を止める気配がない。
こちらを見て、首を振る。
もう一度だ。
これで3回目。さすがにキツくなってきたが、汗だらけになりながら叩き続けた。
3回目の演奏が終わると、ようやく録音を止めた。
N君は、興奮した表情だった。
「うん!やっぱり思った通りだった!つじ、上手くなったよな!」
そういうと、N君は笑った。
なんだか、嬉しいというより、恥ずかしい気持ちになった。

夏休みに部活を辞めようとしたけど、父親の助言でそうしなかった。
それから、部活の練習でも、当たり前の事だが、昨日出来なかった事が、今日出来なくてもいい。
でも、昨日よりも何かが変わるまで練習をする。
そういう思いが、着実に自分を成長させていたんだ。
それに気がついた。
僕は、なんだかホッとした。やっと自分の心に残るモノが出来た。

その日の帰り、N君の家に寄って、リハーサル音源を何回も聞いた。
バンドリハーサルの時とは明らかにクオリティが違う。
僕とN君は、夜遅くまでリハーサル音源を聞いて、反省会をした。

次回で終わりです。