私的喫煙日記

  私的喫煙日記

      私の日々のパイプ喫煙を記録しています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
      


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今日、突然に…

近所のセブンイレブンでポール・モールを買おうとしたところ、販売終了と告げられた。

「なん…だ…と…」

絶句である。シガレットはポール・モールと決めていたからだ。2005年からだから、もう13年間もだ。

何処にでも置いてはいなかったので、仕方なく別のタバコを買う事はあったが、最近では割と置いているコンビニも増えたナアと思っていた矢先である。

販売するブリティッシュ・アメリカン・タバコのページには、生産終了などというニュースはない(2018.7.5現在)。そもそもこのサイトは暫く更新していないようだ。世界的斜陽産業であるタバコ会社は、合併などで辛うじて生き延びてはいるものの、電子タバコへその僅かな希望を急激に移行しつつあり、ブリティッシュ・アメリカンもグローに肩入れしていて、シガレットなどもうどうでも良い感じになっている。

 

良くも悪くも、好むと好まざるとにかかわらず、世の中は変化して行く。人生には時として突然の別れが訪れる。

 

旨いタバコだったんだけどなぁ…

 


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一服しよう。

という言葉がある。何処か腰を掛けるところを探して、煙草を吹かそう、という意味だと一般には思われているかも知れないが、別に「一服」は煙草だけの話ではない。お茶も一服である。

元来は、一休みする事を一服という。一服は一回分という意味。お茶だと一杯、煙草だと一本。その間、心と体を休めて、リフレッシュしようという冷静で建設的な姿勢である。平常心を取り戻し、人心地をつける。大仰に言えばヒューマニズムの復興である。

もし、人類が煙草を手放す事があったとしても、この「一服」だけは絶対に手放してはいけない。

 

以前にもこのブログで紹介した本、千葉康則著「喫煙の科学―人間はなぜ煙草を吸うのか―」は、喫煙という凡そ生存にまるで無関係な習慣が、何故こうも世界中に蔓延したのかという謎に迫っている。

この本の冒頭は、こんな出だしで始まる。

「言論とか思想の自由がタテマエになってはいても、やはり、いいやすいことと、いいにくいことがあります。それをいったからといって、暴力や組織力で生存や生活権がおびやかされるということはなくても、小さい声よりも大きい声の方が『正義』や『真理』となってしまったり、白眼視や村八分にされることによって、いわなければよかった、と後悔することになったりします。」 

1979年に出版された本だから、もう四十年近く前の文章であるが、正に今の我々の状況を表しているとは言えまいか。

 

東京都受動喫煙防止条例が成立し、2020年のオリンピックまでには、ほぼ確実に東京から煙草が消える事が約束されてしまったわけだが、都市をデザインするという事は、そこに住み、暮らす人々の「一服」についてこそ、考えなければならない。

ただ迅速に用事が済ませられる、合理的に人が流れる、それだけでは、都市はデザインできない。様々な人々が居て、お互いに尊重し合い、快適に過ごす事ができる空間。そこには、一休みするベンチや、オープンテラス、パブリックスペースが存在する。

受動喫煙防止条例のコンセプトは、迷惑行為防止条例と同様に、その快適な都市生活を約束するものとして作られている筈である。そして、「煙草の煙が無い方が快適だ」と主張する人々が多数派であった為に、成立した条例なのである。

ならば、何故、代替する「一服」について何も保障されていないのであろうか?

 

90年台初頭、日本の企業は一斉にオフィスから煙草を締め出した。それまでの昭和な日本の企業戦士達は、ブラックなどという言葉もまだ作られていないブラック企業で、24時間強壮剤を飲みながら戦っていた。異論を承知で言うのだが、私はこの国民のパワーが、一部煙草に支えれれていたのではないかと思っている。

何故ならば、凡そ煙草ほど、短時間で「人心地」がつけられる物が、他に無いからだ。オフィスビルには、清涼飲料の自動販売機やコーヒーサーバーなどが置かれたリフレッシュ・ルームなどが設けられたが、どうも居心地が悪い。サボっているみたいだからだ。挙句、喫煙室で煙草を吸う人は労働時間をロスしているなどと騒ぐ輩も出て来る。過酷な労働に晒されていて健全な精神を保っていられる程、人間の心は強くない。

だからこそ、煙草のヤニは発展途上国に染み付いた汚物であり、先進国には相応しくないという発想が生まれるのである。煙草は過酷な肉体酷使に晒される労働者の象徴であり、負け組(ルーザー)の象徴でもあるとされる。

 

そこで私は問いたい。煙草を吸わない勝ち組の皆さん、皆さんは、どんな「一服」をしているのですか?と。

 

非喫煙者や嫌煙家の人々でさえ、昨今の嫌煙運動にはヒステリックなものを感じざるを得ないという。それは、過激な禁煙・嫌煙運動をしている人々が、追い詰められているからである。一服出来ていないからだ。一服が出来ない人々が、自分が晒されているストレスを他にも与えんとしているようにしか思えない。

 

臭い匂いは元から絶たなきゃダメ。

元とは人間の心である。精神である。臭いものに蓋をするような条例を作っても、余計に状況を悪化させるという事に何故気が付かないのか?

それほどの余裕も失くなっている嫌煙ファシスト達は、最早、敵ではない。憐れむべき人々ではないか?

 

人類が300年前に獲得したマヤ文明の遺産には、そう簡単に代替出来るものなど無いのである。

ペパーミントで出来るものなら、やってみると良い(笑)。

 


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とうとう東京都の受動喫煙防止条例が都議会本会議で可決してしまった。

例え自ら煙草を忌み嫌う者であったとしてもだ、このような横暴な条例を良しとしてしまう事が、苟も議会制民主主義を履行する立場である議員達の所業だとは恐れ入った。

喫煙に関する事だけではない。理想の社会を作り上げようとする試みは、須く、その社会を構成する全ての人々の理想によって、行われなければならない。

私達喫煙者の多くは、煙草の煙を嫌う人々の権利を侵害するつもりは毛頭ない。同じ社会に、共存する事が出来ると考えている。しかし、どうやら非喫煙者の中でも喫煙文化を地球上から抹消しようとしている人達は、喫煙者と共存する事が不可能だと考えているようだ。

なぜなら、煙草は有毒であり、喫煙者本人ばかりか、その煙は大気を汚染し、喫煙者以外の人々の健康をも脅かすと信じられているからだ。

しかしこれには、充分な科学的根拠がない。

受動吸引という範囲で言うなら、煙草の煙は大気中の他の物質に比べて極めて希薄で、同室に居る者の健康を著しく害する程の威力は無い。よく風邪をひいている喫煙者の吐く煙は、ウィルスを運ぶと言われる事があるが、ウィルスは煙と一緒に運ばれはしない。

道理で考えて、受動喫煙というモノは存在しないのである。

投票によって公正に選ばれた議員が、皆の理想の社会を実現する為に頭を使い、行動する。その理想の社会が、皆が健康で、快適に生活できる社会である事には、異論の余地がない。

では、煙草の煙はその社会の実現を阻害するだろうか? それを論証し、明解に提示する事をしないで、ただ、「煙草は毒だ。その煙も毒であり、僅かでも吸引すれば病気になる」と多くの人が信じ、偉い学者が言っているから、というだけの理由、更に言うなら、日本は世界に遅れをとっている。先進国各国の主要都市は、全て煙草が吸えなくなっている。というだけの理由で、充分な論証になっているというのだろうか?

皆が健康で、快適に生活できる社会。

東京から煙草が消えることは、それに貢献するだろうか?

私にはそうは思えない。何故なら、喫煙は人間の大切な情緒を担っているからだ。

それを物語っているのは、古いジャズ喫茶だったり、寡黙なマスターのバーだったり、東京という生き物が、戦後を生き抜いて蘇生し、息づいて来たその身体そのものである。都市の、街の、カラダそのものである。そこに居た大勢の人々の姿である。

その街の、染み付いた歴史を鑑みず、何が理想の社会だろうか?

2018.6.27

 

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久々にラタキアをガーッと吸いたくなって、この煙草。

正直、この手のバルカンタイプの煙草は星の数ほどあって、何が何だかわからない。あまりしっかりと吸い比べた事もない。

今回しみじみとウェストミンスターを味わってみて感じた事は、「優しい」という事だ。

レシピエントはダンヒルのロンドンミクスチャーと同じなのだが、ロンミクに比べると角が取れている感じがする。もっともオーリック製になってからのダンヒルしか吸った事がないので、昔のロンミクはまた違った味わいだったのかも知れないが。

煙は柔らかく炊かれ、静かに燃える。無着香は素直だ。ターキッシュはメシャムに合う。発祥が同じだから相性が良いのかも知れない。今回開けた缶は、何故だかオリエント/ターキッシュの配合が多いように感じる。気のせいなのかブレンドの偏りなのかは定かでない。とにかくこのオリエントだかターキッシュだかが、全体を優しい雰囲気に包んでいるように思うのだ。

色や形では配合を分析できない。ヴァージニア、オリエント/ターキッシュ、それぞれに明るい色と暗い色とがあり、ラタキアも含め全てが均一な幅のリボンカットだからである。ところどころ縮れている黒い葉が間違いなくラタキアである事が確認できるのみで、ラタキアにも縮れていない葉や少し明るめの色だってあるわけで、つまり目視では配合比率の判別が不可能だ。

ただし、グレゴリー・ピースのブレンドである限り、他のミクスチャー、ロンミクやその他のイングリッシュ・ミクスチャーやバルカンブレンドに比べれば、偏りには神経質になっているだろう事が想像できるのである。

吸っているこちら側の事情もある。湿度、気温、天候もさることながら、体調や食事、飲み物によっても喫味は変わってくる。着香ばかり吸っていたりバーレーやキャベンディッシュを吸った後と、無着香のヴァージニアばかりを吸っていた後では、また違う。勿論、使用するパイプに依るところは言うまでもない。様々な要素が同じ条件下でテイスティングできるわけではない。

今回、殊の外「優しく」感じる原因を探る事は難しいのだが、やはり煙草は無着香のミクスチャーに限るんじゃないかと、またしてもブレブレな感想を持ってしまった。理屈で言うなら、香料は全て雑味とも言えるし、ティン・ノートとして現れるその感触の殆どは、着火後に消失したり減退したりするのであり、煙草が燃えているのとそれら不純物が燃えているのとは全く意味が違う。

久々に無着香のイングリッシュ・ミクスチャーを味わった感想は、「素朴な優しさ」だ。

今回多くのイングリッシュ・ミクスチャーやバルカンブレンドではなく、G.L.ピースのウェストミンスターを選んだのは、偶然ではあるが、実にタイムリーな選択だったと思える。

決して「何でも良かった」わけではないのだ。


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パイプ煙草を始めた頃、最初に吸っていたのが着香だったせいか、どうしても私はアロマティック煙草に帰っていく傾向がある。一番パイプらしいと感じてしまうし、何と言っても最初に開封した時のワクワク感は、着香に勝るものがない。

 

マクリントックというブランドには、オレンジ・ドリームでかなりお世話になっている。その他にもクレーム・ド・カシスなんかが好きだ。パウチもので、気軽に楽しめる。

今回は日本でお目にかかれないブラック・チェリーを試してみる事にした。缶入りのマクリントックを買って吸うのは、記憶する限り始めてだと思う。

一年ほど前になるか、ピーターソンのコーンメイラ・ブラックというチェリー系を試した後、チェリーはもう当分吸いたくないという気分になっていたのだが、最近になって、やはり着香の醍醐味はチェリーなんじゃないか?という不思議な気持ちに囚われている(バニラなんじゃないか?洋酒系なんじゃないか?など、これまでも時期により様々に変化しているので、この気分も一過性のものだと思う)。

 

さて、このマクリントック・ブラック・チェリーの感想。

チェリーっぽさが足りない。実に味わい深いブラック・キャベンディッシュで、申し分なく旨い着香煙草なのだが、チェリーを期待して買うと、がっかりするだろう。むしろ珈琲系の着香寄りと言っても過言ではない。ひょっとしたらチェリーの着香はこの珈琲の苦味と相殺されてしまっているのかも知れない。

 

さて、ルームノートの方はと言えば、着火直後はかなり周囲に甘い匂いを撒き散らすようであるが、すぐに鎮静してしまい、ボウル中腹ぐらいまで吸い進んでしまうと、ほとんど香らないようだ。前述したEGRのような煙草臭さもない。

つまり、チェリー着香特有の、周囲を振り向かせる能力は極めて弱い方の部類だと思う。

 

喫味、香り、おしなべてこの煙草を評価するなら、インパクトには欠けるが、じんわりと旨い煙草で、常喫向きである。ただし、私はこの煙草を自分の常喫銘柄にする気は今の所ない。断言は出来ないが、長く付き合える気がしないのである。

 

ただし、この煙草の風味は最初の1ボウルを吸った時よりも複雑であるという事に、2ボウル目以降に気付いた。更に3ボウル目には別の発見もあった。

去年の大煙会かパイプショーで貰ったブレンド用のラタキアが大量に残っていたので、ほんの少し、5:1ぐらいで混ぜてみた。

すると、不思議とこの煙草は、ラタキアと喧嘩しない。ラタキアを埋没させてしまう事もない。もっとチェリーがハッキリとしていたら、確実に喧嘩してしまい、混乱した風味になってしまうだろう。

例えば、最近1年ぐらいラットレーの着香ものを旨いと思って吸っているが、ラタキアを混ぜようという考えは脳裏を過る事すらない。明らかに着香と喧嘩してしまうのが目に見えているからである。

この煙草は即ち、思ったよりも懐の広い煙草だという事だ。

 

この50グラム缶がなくなる迄には、更に新しい発見があるのかも知れない。その時点で最終的な判断をしよう。また買って吸うかどうか。


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質問1
最早パイプは肉体の一部だ

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質問2
パイプは私の能力の一部だ

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質問3
パイプによってアイデアが閃く

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質問4
パイプを持って旅に出る

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質問5
パイプを吸うと詩人になる

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質問6
主に家でパイプを吸う

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質問7
パイプは長寿の秘訣

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質問8
チャーチワーデンを持っている

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質問9
煙草の害は科学的に見て疑わしい

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いいえ→診断8へ

質問10
パイプ以外の煙草も吸う事がある

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いいえ→診断9へ


診断1
あなたは「シャーロック・ホームズ」タイプです。
理想が高く、自分のスタイルを持っているあなたは、思慮深く慎重ですが、同時にアクティブでフットワークは軽いでしょう。物事の本質を探り出し、真実を愛する人です。移り気で気まぐれな面もありますが、時として超人的な集中力を見せます。
(※言わずと知れた世界的に有名なイギリスの名探偵。アーサー・コナン・ドイルの推理小説に登場する架空の人物である。19世紀末のロンドンで数々の難事件を見事な推理力で解決した。)

診断2
あなたは「ポパイ」タイプです。
男とは?と常に意識して生きているあなたは、マッチョなフェミニストです。女性は弱い存在で守るのが当たり前だと信じて疑わず、女性に対して強引に接したり、乱暴に扱う奴は絶対に許せません。子供にも人気者で、頼りになる存在です。

(※1930年代にアメリカで活躍したアニメーション映画の主人公。職業は水兵でありセーラー服を着ている。ほうれん草を食べることによって無敵のパワーを発揮する事で有名。)

診断3
あなたは「スナフキン」タイプです。
たまに良い事を言ったりもするあなたは、孤独なロマンチストです。一所に留まらず、いつも放浪している感じがあります。他人事には基本的に無関心であり、中立的立場を取りたがる傾向がありますが、決して冷たい人間ではありません。

(※フィンランドの絵本作家トーベ・ヤンソンの作品ムーミンシリーズに登場する、自由と孤独、音楽を愛する旅人。自然回帰やスローライフの代名詞ともなるキャラクターである。)

診断4
あなたは「ボスおじさん」タイプです。
面倒見が良く世話焼きで、信頼されるあなたは、責任感が人一倍強い仕事人間であり、とにかく頼りにされる存在です。懐が広く誰とでも心から打ち解ける事ができ、敵をも味方にしてしまう魅力があります。物事を客観的に見ることができ、部下には的確な指示を与えます。

(※サントリー社の缶コーヒー「BOSS」の缶に描かれた中年男性。「働く男の相棒」「理想のボス像」をイメージして作られたキャラクターで、モデルはおらず、具体的な設定も存在しない。)

診断5
あなたは「ムーミンパパ」タイプです。
物静かで無口なあなたは、ほとんど怒ったりしません。家族との時間を大切にし、家でのんびりと過ごす事を好みます。物知りですが、その知識をひけらしたりしません。良識のある大人である反面、何処か抜けたところもあり、愛される存在です。
(※フィンランドの絵本作家トーベ・ヤンソンの作品ムーミンシリーズに登場する、主人公ムーミンのお父さん。ムーミン谷に住む前は冒険家で、船で旅をしていた。)

診断6
あなたは「ガンダルフ」タイプです。
何処か超然としたところのあるあなたは、博識であり勉強家です。求道心は強いですが野心は皆無で、仲間を何よりも大切にし、時として自己犠牲的な行動を取ります。あなたの発言には説得力があり、周囲に正しい道を指し示す存在です。

(※J・R・R・トールキンの児童文学「ホビットの冒険」及び「指輪物語」に登場する魔法使い。平和を愛し、中つ国から戦争をなくそうと、魔王サウロンと戦った。)

診断7
あなたは「アルムおんじ」タイプです。
平穏な日常の繰り返しを愛するあなたは、無口で頑固だと思われがちですが、人付き合いが苦手なだけで実は人間が大好きです。いつも周囲を優しく見守っている存在です。世渡りは不器用ですが手先は器用で、身の回りの事から生活全般、自給自足の暮らしをしています。

(※スイスの作家ヨハンナ・スピリの児童文学「ハイジ」に登場する主人公ハイジの祖父。本名は原作にも登場しない。デルフリ村では偏屈な変わり者と嫌われているが、孫のハイジには優しい。)

診断8
あなたは「メグレ警視」タイプです。
ダンディでクールな反面、情に脆いところがあるあなたは、洗練された都会人です。少し堅い印象を持たれる組織人間なのですが、自分が一旦正しいと判断した主張は絶対に曲げません。そのため周囲からは少し変わり者だと思われていますが、全く意に介さずマイペースです。

(※本名はジュール・フランソワ・アメデ・メグレ。フランスの作家ジョルジュ・シムノンの推理小説に登場する敏腕警視。)

診断9
あなたは「ブラックジャック」タイプです。
謎めいた雰囲気を持つあなたは、自分独自の正義感や倫理観を持ち、それがたとえ社会的に悪とされている事でも、平気で行うところがあります。信念の為には他人の目を全く気にしません。スペシャリストとしての実力は極めて高く、誰もがあなたを認めざるを得ないでしょう。

(※手塚治虫による日本の漫画作品。どんな外科手術もやってのけるスーパードクターだが、医師免許は持っていない。本名は間 黒男<はざま くろお>)。


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アメリカで古くから売られている所謂オールドスクールの1つ。

写真の人物はアメリカの古いギャング映画のスター、エドワード・G.ロビンソンである。アメリカのギャングというと、葉巻の印象が強いせいか、この写真の彼はギャングというよりも弁護士か新聞記者のように見える。

 

この人は実際に、プライベートでパイプを愛用していたという事だから、このブレンドの監修に当たったという話も、まんざら宣伝文句ばかりではないのだろう。

長い間、この煙草の存在こそ知ってはいたものの試してみようとはしていなかったのだが、最近になって、急に気になり出し買ってみた。

ラタキアを少量加えた着香煙草という事で、気に入れば常喫も視野に入れての購入だったのだが、実際に手に取ってみると、正直、ちょっとこれは違うかな(笑)?と、まだパイプに詰める前に感じた。

第一印象として、軽い。缶の側面も紙で出来ていて軽いのだが、葉そのものが軽い。乾燥しているというよりも、風化しているという感じで、これと同じような印象を以前、「ディスティングィッシュト・ジェントルマン」という煙草を購入した時に感じた。やはり缶の底だけが金属で、側面は紙の筒であった。そしてリーフが不思議と軽い。まるでシガレット用に加工された葉のようで、パサパサしていた。

しかし、このディスティングィッシュト・ジェントルマンは当時大変に気に入ってしまって、8オンス缶を二度も買って毎日大量に吸っていたのを記憶している。

しかしこれが不思議な事に、実に短期間のマイブームで、今となっては二度と吸ってみたいと思わないのだ。実に不思議な事だ。この現象を分析して思い当る事はたったひとつしかない。

ブレンド自体は気に入ったが、原料葉自体に底力を感じられなかったのだ。

このエドワード・G.ロビンソンのブレンドにも、同じような、葉自体が持つ本来の、煙草としての品質に、疑いを持たざるを得ない。

開封時のティン・ノートは、フローラルなフレーバー。ラタキアは全く感じられない。全くの着香系である。ただし、ベタついたブラキャベの印象は皆無で、さりとてヴァージニアの粘っこさも無い。やはりアメリカンなオールドスクールなのだろう。

着火後の印象。

ムムムッ? ウマい!

甘じょっぱい梅の香りが口の中一杯に広がって来た。ちょっと未体験ゾーンである。

ごくごく少量のラタキアが、ともすれば乙女チックになりがちなセンチメンタリズムに、僅かながらダンディズムを加えている感じだ。

 

さんま、さんま

さんま苦いか塩つぱいか。

そが上に熱き涙をしたたらせて

さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。

あはれ

げにそは問はまほしくをかし。

 

何処かしら、仲間に裏切られ女にも去られ、一人死に行く暗黒街の黒幕…

そんな物語を偲ばせる、EGRの、センチメンタルでダンディな、香りであった。

 

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今回紹介する煙草はコーネルディールのエピファニー。

エピファニーとは、しばしば「閃き」という意味にも使われる言葉で、キリスト教の公現祭(1月6日)を表す。この日は、クリスマスから数えて丁度12日目にあたり、お祭り気分の年末と正月が過ぎて、日常に戻る入り口の日でもある。

文学上の用法では、平凡な出来事の中にその事柄・人物などの本質が姿を現す瞬間を象徴的に描写することも意味するらしい。転じて「常喫」という意味だと解釈したが、些か曲解であろうか。

 

フロッグ・モートンが手に入れられなくなったせいもあるが、最近また好みの煙草を模索しつつある。そうでなくても、一つの銘柄にそれほど執着しない方なので、色々と食指が動いてしまう性格なのだが、私の中で永遠のテーマになっている煙草のブレンドにおける理念と言うか至高概念というか、ある種の幻想的な物語が存在する。それは…

「ラタキアを巧く使った着香煙草」である。

 

バルカン、所謂50%のラタキアを含んだブレンドには、あまり風情を感じない。すぐに飽きてしまい、ダンヒルのダーバーなどは一年近く50グラム缶が減らず、カラカラに乾燥したものを2度ほど加湿して、やっとこさっとこ空にした。パウチものでは、ラールセンのトゥルー・デライトあたりが安くて良いのだが、これはこれで今度はラタキアが物足りない。ガレリアのフォックス・アンド・ハウンドはそこそこに嵌って何度も買って吸っていたのだが、結局、ラタキア慣れしてしまうと、何だか着香の方が味気ない。

実はパウチもので一番嵌ったのがフォン・エイケンのプライベート・クラブなのだが、現在は製造していないようで、入手できなくなってしまった。

ラタキアは多すぎず、少なすぎず、フレーバーを中心に楽しみながらアクセントとして使っている。そんな煙草が私の理想である。そういう意味で、フロッグ・モートンは至高だったのである。割合の分量で言えば、オンザバイユーやアクロスザポンドでは多過ぎ、オンザタウンでは少な過ぎた。セラーに至っては着香が強すぎてラタキアが死んでいる。レギュラーのフロッグ・モートンは絶妙なバランスだったと言って良い。ラタキアが活き活きと前に出ているのに、スムースで飽きが来ない。

 

今は亡き煙草の話をしても詮方無いので、このエピファニーに話を戻そう。開缶したのは町田の駅近くにある「宮越屋珈琲店」。ちょっと雰囲気のある良いお店だ。2階の窓際は広い喫煙席で、テーブルも大きく、ゆったりとしている。ここのフレンチ・ブレンドは私の知る限り町田界隈では1番美味しい珈琲である。

チョコレート・ブラウニーを食べながら、午後のひと時をゆっくりと過ごす。

喫煙後の感想から言えば、旨いのだが、私には少し甘すぎる。

フロッグ・モートンズセラーと同様、着香がラタキアの風味と喧嘩しているように思う。ある種のラタキア感は強いので、含有量はそれほど少なくないのかも知れないが、私はもう少しラタキアっぽいのが好きだ。

おや?この感想、何となく覚えが…、と過去のブログを探ってみると、実はこの煙草とほぼ同じようなブレンドを、私は過去に体験していた事が判明した。4ノギンズのハウス・ブレンド「ペインター・ヒル」である。2012年、7年も前の事だ。

言われてみれば、この味わいは、当時4ノギンズのハウスブレンドを片っ端から試していて、イングリッシュミクスチャの中ではオウルズ・ヘッドとチップマン・ヒルをそこそこに気に入って、これについてはラタキアが物足りないと感じていたのだった。そうだ、思い出した。

 

かのアルベルト・アインシュタインが常喫していたフィリップ・モリス社製パイプ煙草「レベレーション」の復刻版が、このエピファニーやペインター・ヒルだったのだ。

このレベレーションという煙草が本当にエピファニーと同じような味わいだったのか否かは、レベレーションが手に入らない今となっては確かめようもない。しかし、フィリップ・モリス社の古い広告にこんなのを見つけた。

なんと、かの「ボンド・ストリート」と並んで宣伝されているのだ。ボンド・ストリートと言えば、あのキューブカットの、ミクスチャNo79と並んで、所謂ドラッグストア・ブランドである。最もポピュラーで入手の容易な煙草であったという証拠だ。

当時のレベレーションの価格帯はわからないが、恐らくボンド・ストリートと同列に並ぶ商品の筈である。

一方、再現されたエピファニーはコーネルディールの丸缶。日本では販売されていない銘柄だが、同等品は57g¥2,800円というちょっと高級な部類の煙草だ。同じレシピで作られフレーバーやブレンドによるテイストは同じでも、当時のレベレーションはエピファニーに比べ原葉のグレードが低かったのかも知れない。

 

そうして考えるに、アインシュタインがどれほどのコダワリでこのレベレーションを常喫していたのか?甚だ疑わしくなって来る。そもそも、現代のように世界中のパイプ煙草をネットで取り寄せられたわけではない。ボンド・ストリートは好みじゃないが、どちらかといえばレベレーションの方が好きだ、という程度の事だったかも知れない。

それでも確実に言えるのは、アインシュタインはパイプ喫煙を愛していた、ということ。彼の有名な言葉に、次のようなものがある。

 

“I believe that pipe smoking contributes to a somewhat calm and objective judgment in all human affairs."

「パイプスモーキングは、あらゆる人間関係を、いくらか平穏に、そして客観的に判断する事に役立っていると、私は信じる。」

 

天才物理学者とパイプ、というと、「神の啓示(Revelation)」のような、いくぶん彼の才能を支えていたかの印象を持ちがちだが、真実はもっとごく普通の事だったのだ。彼がパイプの煙と香りの中に見ていたのは、異次元宇宙でも相対的な時空でもなく、ただ、優しくゆっくりと流れる、安穏とした人間的な時間、地に足の着いた寛ぎの世界だったのである。

 

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