70歳めどに診療所を第三者に譲渡 | 医療・介護系の転職なら(株式会社メディカルブレーン)

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 69歳の武内吉彦氏は今年8月、30近く歳の若い野上隆司氏(41歳)に自身の小児科診療所を譲って医療の第一線から退いた。

元・武内小児科医院(奈良市)院長
武内吉彦氏(69歳)
1943年大阪府生まれ。69年奈良県立医大卒。県立奈良病院小児科医長などを経て、83年武内小児科医院を開業。2012年8月自院を野上隆司氏(のがみこどもクリニック)に譲渡。


 大病をしたわけではなく、依然として生気みなぎり、引退は早いのではないかと感じられる武内氏。だが、1983年に40歳で開業した頃から、70歳での廃院を決めていたという。

 そう考えるきっかけとなったのが、開業したての頃に奈良市内の高齢の元開業医たちと出会ったことだった。健康を保っているにもかかわらず、体力や気力などの衰えを理由に70歳前後で引退し、地域ボランティアや趣味などの活動を満喫していたことに共感したという。

 「『生涯一開業医』の人生も素晴らしいが、大病を患って引退する例は多い。『健康だったらもっと続けられたのに……』と、後悔しながらその後の人生を送ることになるのではないか。ならば、ある程度健康なうちに引退して好きなことをした方がいいと感じた」と武内氏は話す。

 実際、同氏は65歳に近づくと、元開業医たちが言っていた体力・気力の衰えを感じ始めた。1日40人ほどの患者を診る中で、集中力が切れて患者の訴えが頭に入らなくなることがたまに生じるようになったという。

 いよいよ70歳での引退が現実味を帯びると、武内氏は65歳になったのを機に、患者や周囲の関係者に廃院の意向を伝えることにした。開業時の借り入れは完済し、老後の生活資金を確保できていたことも引退を後押しした。ところが、小児患者の母親などから「近くに診療所がなくなるのは困る」との声が多く上がったほか、8人いた職員の処遇も考えなければならないことに気づいた。

 ただ、医院を誰かに継いでもらおうにも、同氏には後継ぎがいなかった。出身大の後輩など複数の医師に承継を頼んでみたものの、クリニックの土地・建物の購入費など多額の初期投資が必要だったため、なかなか話がまとまらない。そこで竹内氏は、68歳になった昨年、医業承継のコンサルティング会社に後継者の紹介を依頼。同社から紹介されたのが、冒頭の野上氏だった。

 関西の大学病院の小児外科で講師を務めていた同氏は、漢方の処方などにも力を入れた小児科クリニックを開設したいとの思いがあったという。武内氏は野上氏に好印象を抱いた。職員全員を雇用する方針だったことも武内氏を安心させた。

 土地・建物の売却額やのれん代など、承継に向けた詳細な契約内容もスムーズに決定。今年6月からは診療日・時間帯によって交代で診療する体制にして、武内氏は徐々に診療機会を減らし、今ではほぼ全ての患者を野上氏が診る形となった。

 「医師が高齢の診療所ほど、医師の健康不安から新規患者の確保は難しく、必然的に患者数は減る。その時点で譲渡を考えても引き受け手はなかなかおらず、廃院せざるを得なくなり、周辺住民にとってもデメリットになる」と武内氏は語る。

 同氏は9月から、気の合う同世代の医師が運営する市内の診療所で週3日、外来診療に当たる。「週3日なら集中力を保てるし、予防接種の手伝いもできる」と考えたからだ。一方で、趣味の釣りや旅行に行く頻度も増えた。「できる範囲で診療や健康相談に関わりつつ、好きなことをいかに楽しむかを考えている」。そう語る武内氏の笑顔には、残された人生への大きな期待が表れていた。

日経メディカル2012年10月号「特集 医師人生の岐路と選択」転載 Vol.6