玉の海正洋
1944年〈昭和19年〉2月5日 - 1971年〈昭和46年〉10月11日)は、大阪府大阪市生野区出生、愛知県宝飯郡蒲郡町(現・蒲郡市)出身で、第51代横綱。横綱(昭和45年3月~昭和46年9月)に昇進しながらも27歳の若さで亡くなった。
今の、横綱大の里が第75代であり、玉の海はワシが産まれる前である。北の富士(第52代)と北玉時代を築いた。
大鵬(第48代)の引退相撲で太刀持ちを務めた後、虫垂炎の手術で惜しくも亡くなる。
同郷のよしみでググっていたら、大阪の太融寺(弘法大師創建)に石碑があるので、出張ついでに見学。この日は大雨であった。

翌日は京都のお客様訪問、(時間があったので)近くの神社を参拝
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大将軍八神社
大将-軍八かと思ったが、大将軍-八神社だった。昔、軍八という上司が居たのを思い出す。
平野神社

最後は、東本願寺の御影堂で、静かに心休める(仕事でしたので)












