スリランカの旅 ⑩ 一番大切なものを手放す | 水上繭子*表千家茶道・大人になったら始めたい いのち目覚める暮らし教室・植物療法ジェモセラピスト

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スリランカの旅の初日に、テーマとして与えられたことは「一番大切なものは何ですか」ということ。


そして、「その一番大切なものを手放す」ということでした。


 

手放す・・と聞くと、先に手放せるものを考えてしまいますが、何度考えても一番大切なものは「家族」が思い浮かびました。

 

私は家族を手放せるの?



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滞在して2日目の施術の後、部屋で休んでいると日本にいる娘からラインが来ました。


行き違いの気持ちがぶつかり合いました。


この時、娘とのやりとり問題は「まとまったお金が無駄になる」ということでした。

 



そのラインの後で「家族の大切なもの」がいくつか思い浮かびました。


 《母の結婚指輪》

私が何歳の頃だったか、母の鏡台のアクセサリーを指や首にたくさんつけて、母のブラウスを着て鏡の前でうっとりする・・・という遊びをしていました。


フル装備で悦に入っていた頃、トイレに行きたくなって、その頃私が住んでいた相模原ではなんと汲み取り式のトイレでした(時代感がありますね)。


で、ご想像の通りです。一番重たい指輪をポトリと落としてしまいました!!


グリーンのエメラルドの指輪だったように思います。


それは、母の結婚指輪だったのです。


その時母がひどく落ち込んだ記憶もなく、ひどく叱られた記憶もなく、ただただ私なりの罪悪感を感じていました。


それ以来笑い話になっているのですが、こうして大人になってみると、母も結婚して5~6年で、一生に一度の、奮発してもらった指輪がなくなってしまうというのは、かなりショックだったのではないかと思うのです。


私だったら、何度もため息をついて、嫌味の一つも言ってしまいそうです。


 《文集》

幼心なりに指輪の経験はこたえたはずなのですが、その10年後くらいにもう一度やってしまうのです。


ある時、母の中学生の時の手書きの原稿用紙を製本した思い出の文集が納戸から出てきます。


自分と同じ年頃の時の母の声や暮らしぶりや若い祖父母の様子がわかるその文集は、とてもとても嬉しくて、つい仲のいい友人に見せたくなり、学校へ持って行き、なぜかなくなってしまいました。


何度も何度も、落し物係やホームルームで尋ねたけれど見つかりませんでした。


母に申し訳ない気持ちよりも、私自身がとてもショックでした。


中学生の母に、もう会えなくなってしまった。。。


 《ネックレス》

結婚してから、義理の父や母は私のお誕生日や出産の度に何かと気遣ってくれました。ある時、義父が、大きなサファイアのネックレスをプレゼントしてくれました。


私の誕生石はサファイアです。


当時、3人の子どもたちを抱えて幼稚園やら公園に歩き回る毎日で、ジーンズにTシャツで生活している時だったので、そんなネックレスを身に着ける機会もありませんでした。


でもある日、少しきちんとした服を着た時に、なんとなく着けてみようと思って自転車で出かけました。


少しきちんとした服を着て出かけたのは、不動産屋さんでした。


その日は、いま住んでいる家の契約の日だったのです。


その帰りに幼稚園のお迎えに寄って帰宅すると、ネックレスはなくなっていました。


何度も何度も、その日通った道を探しに行きましたが、見つかりませんでした。


友達が、「大切な出来事があるとき、大きな買い物をする時はね、その身代わりに誰かが病気になったり怪我したりしないように、お金とか大事なものがなくなったりするんだよ。」と話してくれました。


義父が守ってくれたのかな、と思いながら、一度しか着けることのなかったサファイアのネックレスが心にいつも残っています。


 《2つの時計》

一つ目は、私が中学入学の時に祖父に買ってもらった時計を、ベルトを替えて、娘の中学入学のお祝いにプレゼントしました。


それは、大切にされると思っていました。


でも、娘は入学して半年くらいで、学校でなくしてしまいました。


私はとてもがっかりしました。


大切にしてもらえなかったこと、私が思ったようには思ってもらえなかったことにがっかりしました。

 

二つ目は、私の結婚記念の時計。


もう一人の娘が高校生の時、「今日、中間試験だから時計ないと困る!自分の時計なくしたから、ママ貸して!」と言われました。


今まで、モノをなくしたりこわしたりする常連の娘なので、嫌でした。


でも、試験だし・・・ここで貸さないのは大人気ないな、と思い、「結婚記念の時計だから大事にしてね」と貸しました。


そうしたら、ベルトがパックリ割れて返ってきました。


20年近く前に買った外国ブランドの時計・・・修理に出してみたら、修理代20万円と見積書が出てきました。


新しい時計が買える値段。

でも、この時計は直さなければ使えないゴミのような存在。

直さずに捨てる?20万円もかけて直す?

まだ答えがでないままでいます。

 

 


私には、大切なものが沢山あります。

家族

健康

お金

思い出の品々

友達や恩師

 

どれも大切で、大事にしたいものです。

けれど大切に思えば思うほど、ぎゅっと握りしめてしまう。執着してしまう。

 


手放すということは、母が結婚指輪をなくした時に「この子が落ちなくてよかった。」と思ったのかもしれない、そういうことなのかもしれない。


 

中学生の母が書いた文集の「すいせん」というタイトル、みみなし芳一、祖母がセーターをほどいた古い毛糸で編んだ手袋を嫌だと言ったことを後悔する作文は、もしかしたら、同じ高校に通っていた誰かの心を救っているかもしれない。

 


あの日なくしたサファイアのネックレスも、ピンクのベルトの時計も、誰かが使っているかもしれない。

 


大切にするというのは、私だけがぎゅっと握り続けるものではないということなのかな。


一番大切なものであればあるほど、握る手を緩めて、自由に私の元から離れるようであれば、それは離れて一番良いように働くのかもしれない。

 

そう思ったら、その日ホテルの部屋で、もう一つ新しい決心をしていました。

 

 

 

帰国する日、一緒に過ごした仲間が「マユコさん、来たときと全然顔が違います!!」と言ってくれました。


自分では、別に体重が変わったわけでも、化粧のりが抜群に良くなったわけでもなく、ぴんと来ていませんでしたが、先生のCさんも「全然違いますよ〜」と言ってくれました。


 

帰国して翌日あった友人にも言われました。


「マユちゃん、スリランカで変わった。明るくなった!軽くなった!全然違うよ。」と。


 

スリランカの旅で、私はどうやら、一番大切なものを手放すことを覚えて、明るく軽く変身したらしい。

 

蓮村先生のダルマチェックでも、「ここ数か月が変革の時だね」と言われていたのでした。


私のダルマチェック

 

私はどうやら変革しているようです。




 

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