自然と生命を描き続ける 日本画家 堀文子展 | 水上繭子*表千家茶道・大人になったら始めたい いのち目覚める暮らし教室・植物療法ジェモセラピスト

あちらこちらで天女の羽衣のような薄桃色が舞う、心地のよい季節になりました。


少し前のこと。


桜の開花に浮き立つ私たちに「冬も忘れないで」というように雪が舞った寒い寒い春分の日、神奈川県立近代美術館葉山で開催された堀文子展に行ってきました。



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友人が車を出してくれるというので、股関節の手術をしてリハビリ中という母と一緒に観てきました。


車を運転しない私にとって、こうして誘ってくれる学生時代の友人は本当にありがたいものです。


私も友人のお母様にお会いすることがありますが、友人と親というのは遠い関係なのに、大切な存在を間にする不思議な関係だなとふんわり思います。



 

葉山にあるこの美術館は海沿いにあり、ゆっくり拝観した後、併設のレストランで夕陽を見ながらお茶を飲むのが最高です。


でも、この日はあいにく曇った空と雪で海は真っ白で、まるで日本海のような景色でした。



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未知のものを求め、自然と生命を描きつづける日本画家の白寿の展覧会。



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堀文子さんの経歴です。

 

1918(大正7)年生まれ。

女子美術専門学校に入学し、在学中から新美術展協会展に入選。


卒業後、東京帝国大学農学部作物学教室で、拡大鏡を使っての農作物記録係を務め、その後は恵泉女学園教師になる。


1946年28歳  外交官 箕輪三郎と結婚。

42歳で夫が亡くなる。


1961年43歳 初の海外旅行でエジプト、ギリシャ、ヨーロッパ諸国、アメリカ、メキシコへ3年かけて巡り、64年帰国。

1967年49歳 大磯へ転居

1974年56歳 多摩美術大学教授に就任(1999年まで)

1995年77歳 アマゾンの熱帯雨林、メキシコのダスコ、マヤ遺跡を取材。

1998年80歳 ペルーを取材

1999年81歳 幻の高山植物ブルーポピーを求めてヒマラヤ山麓へ取材。

2001年83歳 解離性動脈瘤に倒れるも奇跡的に回復

2017年99歳 神奈川県立近代美術館で『白寿記念 堀文子展』を開催

 


先日の熊谷守一と同様、この時代に美術学校に通うことができ、女性が芸術を志すことができたということだけをみても、本人の強い意思とそれを認める恵まれた環境だったのだろうと思います。


熊谷守一や宮澤賢治などもそうですが、自身の恵まれた環境を飛び出して、あえて自分を厳しい環境に置いて、何かを見つめようとする知性のエネルギーみたいなものを感じます。


貧しく、不便な生活を余儀なくされても、そこには清潔感と自尊心が美しく堂々とあります。


我が家の3人の子どもたちも少しずつ自立していこうとしていますが、子どもたちの人生にも、私のこれからにも、経済的物理的な苦境は必ずあるでしょう。


その時に、どれだけ、その清潔感と凛とした自尊心をギュッと握っていられるか、そこが分かれ目なのではないかな、と思うのです。


 

堀さんの大きな転機は若くして旦那様を亡くされたこと。


どれだけ悲しく孤独な時間を過ごされたか、私には想像もできません。


それでも、堀さんはそれを機に43歳の時に3年かけて世界中を巡って旅をされます。

 



私の祖父母たちやこの時代に生きた方たちはみなそうですが、戦争の時代も経験し、いま以上に生と死をいつも身近に感じていらしたのだろうと思います。


神の意思で、ある日突然、死がやってくる。

いつも「現在(いま)」を感じ全身全霊で考え、心揺さぶられる時間を幾重にも積み重ねてこられた堀さんが99歳になった今の心境は

 

「一生の終わりが近づいてきて、自分にとって必要なものと捨てるものがはっきりしてきた。」


「打ちのめされて必死で新しい道を探すたびに、今までの常識を壊して少しずつ自由になってきた。」

 


もう少し若かった頃の私には、身体のどこにも響かなかった言葉だろうと思うのですが、今の私には、必要なものと捨てるものがはっきりし、常識を壊して自由になることを、とても心地よさそうだと感じています。

 

自由。

自由というのは、自分で責任を取らなければいけない。

命がけで孤独な選択。

本当に大切なことは誰にも相談しないもの。

 


求めても求めても満たされない思い。

その満たされない思いが、人を動かすのかもしれません。


自分でもわからないけれど、何かが自分の中から湧き上がってくる。

いつか20年30年経って「ああ、こういうことだったのか」とわかる。だからこの衝動には従うべきだと、堀文子さんは教えてくれています。

 


たったひとりでもいい。本当に素敵な関係の人がいたら、人生それで十分。

何も持たないことはすべてを持っていること。

 


感動したものを記録したいのにどう表現したらいいかわからない。それが何十年か経ってあふれ出て絵になるのだそうです。

私も何か身体の喉のあたりとか、腹のあたりというか、いろんなものをぷーっと溜め込んできたように感じています。それもいつかそれがあふれ出ることがあるのでしょうか。


 

「自分の目で見、耳で聞き、足で歩き、頭で考え、情報に頼らず自力で生きた、原始の祖先の心を取り戻す他に道はない。」

ものを考え、感性を磨くには自然の中にいなければならないという言葉にも共感します。

 

堀さんが描いたヒマラヤのブルーポピー。

荒野に逞しく強く根付く可憐な花のように、透明に生きられたら、と私も思います。

 


10代20代のみずみずしさや、30代の冒険心も眩しい魅力ですが、年を重ねてこそ増す清閑さや純真無垢な美しさを纏って生きていきたいと思うのです。

 


長い間生きて、ものごとへの理解が深まると「これでいい」ではなく「もっと知りたい」になる。

忙しい。だからこそ必要なものだけにして、残りを捨てなければならないのでしょう。

 


絵を描く堀さんと同様に述べるには、大変恥ずかしいのですが、私のような者でも、自分自身が感じたこと、心の底から湧き上がることしか書けません。


この地球上のあらゆるところに散りばめられる命の不思議さ

いま生きていることの驚き

そのことを感じ取る感性は、変化することでしか磨けない。

 


しくじっている時は飛躍するとき。

ものごとはうまくいっているときはすでに下り坂。

人はしくじると、なぜそうなったかと自力でものを考えるようになり、その時が栄養になる。

何かを企むと駄目で、何も企んでいないときに良いものが出てくる。

絶えず自分に満足しない緊張感を持つ。

自分をとことん壊すために旅にでる。

新しいことの連続だった子ども時代の素直な感覚に戻る。

群れない、慣れない、頼らない。

生きるとは変わっていくこと。

 


私がつねづね大切にしたい思っていることは、「品」です。


冒頭にも少し触れましたが、経済的な豊かさや肩書きのような看板や枕詞、容姿や身なりではないところに、人間の品が現れてしまうように感じていて、それだけは失わないようにしたいと思うのです。


堀さんは言います。

「品とは、本当であるとか、自然であるとか、そういうこと。造ったものではなく、生き生きと本当に生きているものが品がよい。」

 

 


ゆっくり拝観した後、雪が積もる真っ白な砂浜の葉山の海を見ながら、美味しいお食事をいただきました。


すぐそこに見えるのは、先日、ちーちゃんと行った森戸神社


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地元の美味しい食材が並ぶ葉山ステーションに立ち寄って、車で送っていただいて帰宅しました。



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Yくん、ありがとう。


春の雪が舞う葉山と

堀文子さんの生命力溢れる作品と

母と

友達と


印象深い一日になりました。



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いのち目覚めるくらし・ごはん教室

 

2018年4月24日(火)

10時30分〜13時30分

『春のアーユルヴェーダ料理』


2018年4月26日(木)

10時30分〜13時30分

『春のイタリアン』



表千家茶道教室

4月9日、16日、23日(月)
14日、21日、28日(土)



植物時間  ハーブの寄せ植え
4月16日(月)14時〜16時




 


 




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