熊谷守一展 〜緑と赤・真実といのち〜 | 水上繭子*表千家茶道・大人になったら始めたい いのち目覚める暮らし教室・植物療法ジェモセラピスト

テーマ:

国立近代美術館の熊谷展を観てきました。



{D1725C50-7D93-46D9-B761-C24262D497E2}


熊谷守一氏は、1880年〜1977年 97才で永眠するまで、絵を書き続けた、岐阜県出身の画家。


東京美術学校(現 東京芸術大学)を首席で卒業しています。




印象的なシーンがいくつかありました。


女性の死に遭遇した時の絵を描き、その後、熊谷は横たわった女性の絵を回転させます。


「横位置のこの作品を縦にしてみると、まるで女性が生き返ったよう。

あるのはずのない新しい自然のようだ。」


と言葉を残し、横の絵を縦にすると生き返って見える、ということが重要なテーマとなります。



 

経済的にも厳しく、特に子どもを亡くしたことで苦しい時期が続きますが、コレクターとの出会い、生活のために書や水墨画を始めたことなどが、後の画家を支えます。



暗闇の中の裸婦、横たわる人物の中には、光と影があります。


生と死が隣り合わせにある世界の中で、いま体温が温かいことの奇跡を感じます。

 



初期の裸婦には緑の光が見えます。


次第に、熊谷は背景と対象物の間に赤い輪郭線を描くようになります。


赤い輪郭線には補色である緑を浮かび上がらせる効果があります。


私は以前、オーラソーマのカラーボトルの説明を受けたときに、「緑は真実の色」と教えてもらいました。


私は、時折、喉にドロドロとしたヘドロが詰まっているように感じることがあり、それは、緑色のスライムみたいなイメージです。

「本当のこと」「真実」が言えないでつまったままなのだと感じるのです。

 

展覧会では、緑が真実を表すとは解説されていませんでしたが、私は、画家が、人間の生身の肌や体温の真実味を緑色の光で表現し、赤い輪郭を描くことで、その真実さを浮かびあがらせたかったのではないかと感じました。

 

「裸婦をみると風景が

風景をみると裸婦が描ける」と言っています。


山の稜線や海の岩肌などの自然の風景の中に裸婦らしき線があり、裸婦の中に自然の色味が浮かびます。


緑が真実であるならば、山や海の自然は、この世界の真実そのものです。

そして、真実の緑を浮かび上がらせるのは、生き物の血の色、赤なのです。


自然の緑と人間の生命である血の色は、互いに切っても切れない関係にあり、お互いを浮かび上がらせる存在なのだと、画家も感じていたのではないでしょうか。


人といると、1人離れて自然や風景の中に溶け込みたくなり、自然に浸ると、その美しさを語りたくなり大切な人に会いたくなる、そんな感覚が私の中に繰り返しあるのと、似ているのかもしれません。



 

線を重んじる書や水墨画を始めたことで、熊谷の作品は、線で表現するように変化しています。


よりシンプルに、愛らしく、一つのもののいろんな表情をとらえて描いています。

ディックブルーナーの作品のように、シンプルさに表情を描くというデザインの力が伝わります。



 

また、熊谷は、海外作家の作品を真似て描いたものを多く残しています。


今でいうパクリ・・・とも思えるこれらの作品は、価値が下がるのか。

それは、そうではなく、手がかりをもらってよりよいものを目指すという姿勢だと解説されていました。

 

歌手の野口五郎さんが「ムッシューかまやつの音楽は、どれを聴いても聴いたことのある洋楽のフレーズが出てくるんです。」と話していたことを思い出しました。


それは、彼が沢山の良質な洋楽やロックを聴いた勉強家で、そのフレーズやコードがかまやつさんの中にすべて入っているから、そうしたエッセンスがあちらこちらに散りばめられているんだ、というお話でした。


私たちの文明や文化、芸術は、いつの時代もそうして発展してきています。


先人の良き足跡を真摯に真似て、研究し、貪欲に吸収するものが、よりよいものを創り上げます。


私たちは、誰からも影響を受けずに表現することなどできないのだ、という当たり前のことに気づきます。




家族を失い、貧しさに苦しみながら、作品を描くことだけに向き合っていた熊谷が、海外の作品、自然の景色、夜の闇と微かな光、そうしたものから何か真実らしさを描き出そうと実験を繰り返します。


「同じものを何度も描くうちによいものが生まれる」


緑と赤、黄色と青など、補色の実験も何度も繰り返しながら、同じ絵を何枚も描いています。

 



晩年は、身体を壊し、好きで良く描いていた山や海に出かけられなくなります。

それで、自宅の庭の猫や花や虫を描くようになります。

自宅の庭にも、山や海と同じ自然と命の世界が広がっていたのです。

熊谷は絵を描くことで時間を生きていました。



 

私たちは、みな、時間を生きています。


大切な人、自らの若さや健康、失いたくないものと別れていく時間の中で何かを残そうとしています。


大切な誰かの役に立つこと

誰かを育てること

何かを伝え残すこと・・・・

 

自分の命とともにあった時間は誰にとっても愛おしいものです。


会場で絵を眺める人たちは、熊谷守一の作品にそっと寄り添われながら、それぞれ1人1人の愛おしい時間を思い出すひと時を過ごしているようでした。

 


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥



いのち目覚めるくらし・ごはん教室

 

2018年3月28日(水)

10時30分~13時30分

『気楽に古代小麦で天然酵母パンを焼こう』



表千家茶道教室
3月26日(月)
4月9日、16日、23日(月)
14日、28日(土)



植物時間  ハーブの寄せ植え
4月16日(月)14時〜16時




 


 







水上繭子 暮らしをより上質なものにさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります