老いて いつか 死ぬときまで | 水上繭子*表千家茶道・大人になったら始めたい いのち目覚める暮らし教室・植物療法ジェモセラピスト

先日、有賀さつきさんの訃報が流れました。


詳しくはわかりませんが、ご自分の死期を感じられて、ぎりぎりまでお仕事されながら銀行口座などの手続きや解約をご自分で済ませて、15歳の娘さんをお父様に預けて検査入院のように入院されて亡くなられたとニュースで聞きました。


子どもには自分の死を見せたくないと、お嬢さんの海外滞在中に逝った友人もいました。

正解はないと思います。

 


私事ですが、母が1月に足の手術をして、2週間入院し、現在自宅でリハビリ中です。


入院前に、介護用ベッドの契約をすませ、リハビリ生活に必要な部屋の模様替えもし、現金を予めおろして用意して、自分のための食事にロールキャベツと八宝菜と春巻きを冷凍して入院しました。


退院後は、介護ヘルバーさんのお手伝いを受けながらも、自分でできるだけの家事をこなすことがリハビリになると考えて、一人暮らしをしています。


限られた中で、お金と時間とエネルギーをどこにかけるか取捨選択して生きているようです。


何かはあきらめるけど、あきらめたくないものもあるから、元気になろうと思える。

 


私は、時々、買い物や家事の手伝いに行っています。

本当はもっと手伝いを必要としているけれど、二人の娘への遠慮があるのかもしれません。


手伝いに行くと、必ず「ごめんね。ありがとう。」と言われます。


そのたびに、胸がきゅーっとします。


「ごめんね」なんて言われるようなこと、してないのに、と。

でも、そのたびに、また思います。


最低限の手伝いしかしてないけれど、それでも、これを当然のような顔をして黙っていられたら、親子関係は険悪になるのかもしれない。やっぱり、「ごめんね。ありがとう。」は必要なんだ。いつかくる私のその時のために、いや、今でも私も娘たちに使うべきシーンはあるのだろう、と思ったりしています。



親というのは、老い方まで教えながら生きている、そして、順番通りなら、死に方を教えてくれていくのだと思います。

 


病院で延命治療や介護を受けたくない。

自宅で最期を迎えるにしても家族に迷惑をかけたくない。

寝たきりになりたくない。

母はそう思っていて、私もぼんやりそんなふうに思っています。

誰だって、そうかもしれません。

でも、自分でコントロールできないのが、「死」です。

全く個人的な問題だけれど、一人では決められない問題。

 

人はいかに死ねばよいのか。

 


私は、子ども時代から身体が丈夫だったことと、身近な家族が自死した体験からか、「そうか、人は死にたくなったら自分で死ぬんだ。」と、死は選ぶものとして、知らぬ間にインプットされていたので、死にたくなければ生き続けられるものだと思っていたようなところがあります。


ところが、最近、私も人生の折り返し地点を迎えて、「死」「老」などを意識することが増えてきました。


いまさらで恥ずかしい限りですが、自分が望まなくても「死」が突然やってくるんだと、自分のこととして実感するようになりました。

 


ご家族がご病気になられて、今もその恐怖と共に生活されている方は、「何があっても妻と小さい子どもたちのために、死ねない。事故も事件も病気も、どんなことがあっても死ねない。」と思ったのだとお聞きました。

戦況の激しい地へ行かなければならなかった方も、同じように話していました。「家を出る時、妻と子どもに何も言えなかった。だけど、絶対に生きて帰ってこよう。生きなければ、と思った。」と。

 


科学や医学は常に発展しつづけています。

少子化、人口減少、労働力不足、高齢化社会、介護や育児の問題を解決する新たな可能性を、科学や医学が解消しようと進化しています。


けれど、夏目漱石が書いたように「人間の不安は科学の発展から来る。進んで止まる事を知らない科学は、かつて我々に止まる事を許して呉れたことがない。」という一面もあると思います。


不老不死への憧れと探究から、科学や医学が発展し、新薬やロボットやAIなどが作られていますが、不老不死のロボットを創造すればするほど、今ある病気を没滅すればするほど、

「それでも人間は老いて、病にかかり、死ぬ」ということに嫌というほど、気づかされてしまう。


かつて死ぬ病だったものも生きられるようになりましたが、時代は変われば新しい病は必ず生まれます。


また、延命治療が進んだおかげで、寝たきりのまま死ねない時間も増え、別の苦悩を生み出しています。


家族の問題

家族がいない場合

自分の意思で治療をやめる尊厳死の問題、など。

 

大きな戦争や飢餓、伝染病の蔓延などが少なくなりつつあり、充実した平和で人間らしい時間を過ごすことができるようになった一方で、誰にでも訪れる死に対して、どう向き合えばよいのか、考えさせられます。

 



私の娘は以前、「パパやママが認知症やチューブに繋がれるような状態になったら、安楽死させてあげたい。」と言っていました。

現実にはそれは難しいのでしょうけれど、その時の娘なりの親を大事に思う気持ちだったと思います。


また、別の娘は、「姥捨て山の制度がなくなったから、こんなに年寄が多くなってしまったんだと思う。」と言いました。

未熟な子どもの視点で、この発言そのものの是非はここでは語りませんが、大人がドキっとするような視点で、見ていると感じました。

姥捨て山の習慣は、家族や村が共倒れにならないよう、子どもや若い人が生きるためにあったのだろうと思います。

 

 

「終活」なんて言葉もありますが、人生の後半からは、自分なりの「死」を覚悟しながら「生」を生きるのだと思います。


先ほどの、「何があっても死ねない」と言った方は二人とも男性で、お父さんでした。


私は女で、今、家族を経済的に養う立場になく、母親にできる子育ての大半は終えているので、「死ねない」状況ではありません。


死んでもさほど困らず、ある日突然やってきてもおかしくない年齢になってみると、死ぬと「この子たちに会えなくなる」「ほっぺをもうさわれなくなる」「それはとてもとても寂しい」と思うようになりました。


今までは、家族や子どもが死なないように、傷つかないようにするので無我夢中で精一杯だったのだな、と気づきます。


子離れの時期になってみると、子どもたちの顔を見ること、ほっぺの感触、まとわりつかれてすすまない家事、そういうキラキラしたかけがえのない時間を家族がくれていたと思います。



それまでの私にとっての死は、死んでいく祖父母や父に会えなくなって悲しいというものでしたが、死とは「生きているみんなに会えなくなる」そのことが悲しくて心細いのかもしれない、と思うようになったのです。


 

「その時が来るまでの暇つぶし」の時間ではありますが、必ずやってくる別れの時、最後の最後まで、ちゃんと楽しく、大好きな人との時間を過ごさなくちゃ。


そんなふうな時間が、私のこれからの時間です。

 


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先日迎えた「おうち」のお誕生日
前の家には子どもたちがつけた名前(ムンルンリクンマサロンズヒーサウリ、通称マサロンズ)がありますが、今の家には名前がないことに気がつきました。


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